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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌464番「罪とがをゆるされ」

聖歌589番「めぐみの高きね」(参加者のリクエスト)

聖歌424番「ただ信ぜよ」

を歌いました。



お祈りでは、まず参加者皆で、旧約聖書の「ヨシュア記1章5節」を読み、私は、

「病で入院中の信徒のこと」

「今週土曜日のチャペル・コンサートのこと」

「今度の礼拝のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、今週も引き続き旧約聖書の

「ホセア書1章1~9節」

を学びました。


小預言書の1つである、ホセア書の特徴は、その預言が未来のことではなく、現在(現実に)起こっていることを示しているということです。

神はホセアの人生に、イスラエルの背信を重ね、言葉だけでなく、預言者の生活を通して、民の罪と救いを告げました。

北イスラエル王国は、ヤロブアム2世の時代にその国土は回復され、国は豊かになりました。

その反面として、民は主から離れ、偶像礼拝が蔓延し、ゴメルに代表される偶像礼拝を行う者で満ちていました。

神は偶像礼拝をする者を裁かれます。

しかし、ホセアには「行け、めとり、受け入れよ」(2節)と、偶像礼拝をする者に手を差し伸べることを、さらに受け入れることを命じます。

ホセアにとって、この神の命令は、到底受け入れられないものと思われたでしょう。

しかし、神の命令はその一つ一つに続いて、力による平安でない神の平安を憐れまぬ者への救いを、わが民でない者を生ける神の子として受け入れてくださる御旨を示されています。

キリスト者として生きることは、民の罪を神が自ら受け入れ、さらに回復の道を示していることを知ることです。

それは、イエス様が「さあ、行こう」と言われて十字架に向かわれました。

父なる神の苦しみを知って、その御旨を成し遂げようとされました。

その独り子を十字架に架けてまでも、罪人を救いの道へ示された神の愛は変わりません。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
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  1. 2018/04/19(木) 12:10:25|
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