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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


讃美歌は、

讃美歌136番「血しおしたたる」

讃美歌第2編177番「あなたも見ていたのか」(参加者のリクエスト)

讃美歌142番「さかえの主イエスの」

を歌いました。


今回歌いました、

讃美歌136番「血しおしたたる」は、

讃美歌21-310番

にもなっており、私が通う小松川教会では、教会暦に関係なく毎月第1主日の礼拝で執り行われる聖餐式で演奏されます。


参加者のリクエストの、讃美歌第2編177番「あなたも見ていたのか」は、私がリクエストしました。

この讃美歌は、歌詞が異なりますが、

讃美歌21-306番「あなたもそこにいたのか」

聖歌400番・新聖歌113番「君もそこにいたのか」

になっており、昨日の神田キリスト教会で開催されたパイプオルガンコンサートでも演奏されました。


讃美歌142番「さかえの主イエスの」は、

新聖歌117番

にもなっており、過去にハンドベルの課題曲になったことがあります。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書43章10節」を読み、私は

「土曜日のハンドベル練習のこと」

「今度の礼拝のこと」

「体調を崩している信徒のこと」

のことをお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の

「マルコによる福音書14章10,11節」

を学びました。


この箇所は短いですが、ユダが裏切りを企てる箇所です。

共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)には、ユダが祭司長たちのところに行ったということが記されています。

ヨハネによる福音書には具体的な出来事としては記されていませんが、祭司長たちとの密約があったことを前提として記されています。

ユダが裏切る動機を、
マタイによる福音書24章15節では「金の欲のために」
ルカによる福音書22章3節とヨハネによる福音書13章27節では「サタンが入った」
と記されています。

マルコによる福音書には、ユダはなぜ祭司長たちのところに行ったのかという動機は記されていませんが、
10節「イエスを引き渡そうとして」
11節「どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた」
と記されており、ユダは祭司長たちにイエス様を引き渡すことが目的であったと表されます。

マタイによる福音書26章15節では、ユダは祭司長に「引き渡せば、幾らくれますか」と尋ねると、祭司長たちは銀貨30枚をユダに支払うことにしました。

ルカによる福音書22章1~6節では、祭司長たちや律法学者たちはイエス様を殺すにはどうしたら良いか考えていると、サタンが入ったユダが祭司長たちのもとへ行き、イエス様を引き渡す相談を持ち掛けると祭司長は喜んでユダに支払うことを決めるとユダは、群衆がいない時にイエス様を引き渡そうとして、良い機会を狙っていました。

主を愛する者から、主を憎む者へと“イエス様を引き渡したユダの姿”をマルコによる福音書では“主を引き渡すためにユダを用いられた”と表現しています。

主を十字架に架ける計画を実行する“重要な部分”を担う存在として、ユダの姿を表しています。

共観福音書ではイエス様は、“自身が引き渡され、死刑を宣告され、3日目に復活する”ということを預言しています。
(マタイによる福音書20章18,19節)
(マルコによる福音書10章33,34節)
(ルカによる福音書18章32,33節)

その預言が成就するためにユダが存在しました。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
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  1. 2018/02/22(木) 13:14:14|
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