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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う小松川教会で昨夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌404番「イエスは汝れを呼びたもう」

聖歌521番「キリストにはかえられません」(参加者のリクエスト)

聖歌406番「胸のおくに」

を歌いました。


今回歌いました

聖歌404番「イエスは汝れを呼びたもう」は、

新聖歌176番

にもなっており、歌詞が異なりますが、

讃美歌517番「我に来よと主は今」

になっています。


参加者のリクエストで歌いました

聖歌521番「キリストにはかえられません」

は、

新聖歌428番

讃美歌第2編195番

になっています。


3曲目の

聖歌406番「胸のおくに」は、

新聖歌175番

になっています。



お祈りでは、まず皆で旧約聖書の「エゼキエル書47章9節」を読み、私は、

「土曜日のハンドベル練習のこと」

「今度の礼拝のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の

「ヤコブの手紙4章13~17節」

を学びました。


13節「よく聞きなさい~金もうけをしようと言う人たち」この節では、ユダヤの商人が利益を生み出す商売の計画を立てることを現しています。

商人が利益を計算した計画を立てることは、何ら差し支えることはありません。

しかし、神から離れ、神を忘れたところに作られる自分勝手な計画や予定が、人を裁く過ちに陥り、自己中心的になって、この世の富を得ようとする愚かさに陥ることをヤコブは伝えています。

14節「あなたがたには~霧にすぎません。」“人の命”のはかなさをヤコブは“霧”に例えています。

人の命ははかない、一時的なものであると捉えています。
「忘れないでください。わたしの命は風にすぎないことを。わたしの目は幸いを見ないでしょう。」(ヨブ記7章7節)
「わたしの生涯は煙となって消え去る。骨は炉のように焼ける。」(詩編102編4節)
古代から命は“風”や“煙”に例えられてきました。

15節「主の御心であれば~言うべきです。」これは“ヤコブの条件”とされている御言葉です。

「御心であれば」とは、“神に委ね”“神と共に歩む”という、そこに与えられる“出来事”を成し遂げていくことです。

逆に、
16節「ところが~悪いことです。」虚しい誇りを持って高ぶっていることによるその誇りは悪いことです。
17節「なすべき善」を知りながら、その「なすべき善」を行わないならそれは“罪”になることを戒めています。

誇り高ぶることなく謙虚で、神の言葉を信じて生きることは、確実に強く生きることになります。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
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  1. 2018/01/25(木) 12:34:27|
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