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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

2018年度最初の祈祷会

私が通う小松川教会では昨日から、2018年度の祈祷会が始まりました。


私も参加した昨夜の祈祷会では、


聖歌は、

聖歌361番「新年(にいどし)のあさ」

聖歌459番「きよいふみは教える」(参加者のリクエスト)

聖歌392番「神はひとり子を」

を歌いました。
(今月から、祈祷会ではまた日本福音連盟の聖歌を使います)


今回歌いました聖歌392番「神はひとり子を」は、他に

新聖歌89番

讃美歌第2編184番

にもなっており、過去にハンドベルの課題曲になったことがあります。



お祈りではまず、皆で旧約聖書の「イザヤ書52章7節」を読み、私は

「今週土曜日のハンドベル練習のこと」

「今度の礼拝のこと」

「交通事故で負傷した信徒のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の

「ヤコブの手紙4章1~10節」

を学びました。


1節前半「あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。」という問いにより、争い事が絶えない現実の問題へ導かれます。

1節後半「あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。」
2節「欲しても得られず~争ったり戦ったりします。」
と、自分本位や自己中心から起こる“欲望”が“戦い”や“争い”の“原因”であると伝えています。

自分の思い通りにならなかった場合や不満がある時、他の人を傷付けたり力づくで解消しようとすることも、自己本位や自己中心からきていると感じ取れます。

3節「願い求めても~間違った動機で願い求めるからです。」願いを自分が楽しむだけのものに使うのであれば、それは間違った動機です。

信仰としての行いを極限まで立派に行ったとしても、そこに“間違った思い”があれば、行いによって救われることはありません。

4節「神に背いた者たち~神の敵になるのです。」この節は“神に対する戦い”があることを述べています。

神を中心にするのではなく、神に背いて目を向けず、自分を中心に願う者は神の敵になります。

「一方を憎んで他方を愛するか、~あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」(マタイによる福音書6章24節)

5節「神はねたむほどに深く愛しておられ、」
6節「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる。」
高慢にはならず、神の愛に謙遜であれば豊かな恵みを与えてくださいます。

この世の富を欲して高慢になり神に背くか、欲を捨て神に謙遜になるかのどちらかであり、神と富の両方に仕えることはできない。

神に服従すれば、悪魔はあなたがたから逃げて行きます。(7節)

神に近づけば、神は近づいてくださいます。(8節)

「退けサタン。~ただ主に仕えよと書いてある。」(マタイによる福音書4章10節)

10節「主の前にへりくだりなさい。」
それは悲しみ、嘆き、喜びが愁いに変わることを知ることであり、神に近づけない自分に気づきます。
主はそのような者を高めてくださいます。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
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  1. 2018/01/11(木) 13:17:15|
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