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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨日の祈祷会

私が通う教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌496番「主と主のことばに」

聖歌135番「われらはきたりぬ」(参加者のリクエスト)

聖歌508番「うきよのかぜと」

を歌いました。


参加者のリクエスト曲の「われらはきたりぬ (聖歌135番)」は、先日(11/8)にも歌いましたが、アドベントが近いということもあり、今回の祈祷会でも歌いました。



お祈りでは、私は

「病気中の信徒のこと」

「聖歌隊奉唱のこと」

「今度の礼拝のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の

「ヤコブの手紙 3章13~18節」

を学びました。


13節の「知恵があり分別があるのはだれか」とは、“知恵があり”と“分別がある”はいずれも有識者や専門家の意味があります。

ヤコブはどんな知恵も知識も、“立派な生き方”により、現実に現されなければ意味が無いと記しています。

“立派な生き方”は、“知恵にふさわしい柔和な行い”よって歩むことです。
“柔和”は、「自己鍛錬」とともに「謙遜」を表します。

14~16節は「地上から出た知恵」、17,18節は「上からの知恵」というものは何かということを表しています。

14節「内心ねたみ深く利己的であるなら~うそをついたりしてはなりません」の“ねたみ”は“嫉妬”という意味だけでなく、“激しい熱心”とも訳される言葉です。
“熱心”のあまりに自分中心に物事を捉えるようになり、“利己心”は、自分以外の者たちに敵対心を持たせます。
“立派な生き方”に偽りを持ってはなりません。

15節「そのような知恵は~悪魔から出たものです」
16節「ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがあるからです」
ねたみ深く自分中心で利己的な知恵は悪魔から出たものであり、混乱を引き起こします。

17節の「上から出た知恵」は、この世から出たものではなく、“純真”“温和”“優しさ”“従順”であり、「憐れみと良い実に満ちています」

“上からの知恵”は、憐れみという良い実を結びます。

“偏見”“偽善”を避け、“平和を実現する人”として、義の実が溢れ、神との関係において立派な生き方として現されます。

18節「平和を実現する人たちによって」のみ、“義の実”は“平和”のうちに蒔かれる。

神の“平和”を求めることが、義の実を結ぶことであり、真の知恵とされます。



日本基督教団小松川教会の祈祷会では、

新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)

を使用しています。
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  1. 2017/11/30(木) 12:49:17|
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