FC2ブログ

GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨日の祈祷会

私が通う教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌394番「ひとりの御子を」

聖歌146番「きよらの」(参加者のリクエスト)

聖歌147番「よろこびいわえ」

聖歌472番「人生の海のあらしに」

を歌いました。


今回のリクエスト曲の聖歌146番「きよらの」は、私がリクエストしました。


この曲は歌詞は異なりますが、

讃美歌108番・讃美歌21-260番「いざうたえ」

カトリック聖歌301番「きよけし」

になっています。


普段の祈祷会で歌う聖歌は3曲ですが、今回は4曲歌いました。



お祈りでは私は、

「今週土曜日に開催されるチャペル・コンサートのこと」

「今度の礼拝のこと」

「病で入院中の信徒のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の

「ヤコブの手紙2章14~26節」

を学びました。

(以下もらったレジュメから抜粋)

この箇所でヤコブが主張する「行いが伴う信仰」は、既に信仰を持っている者への勧めであり、信仰の実践面を強調していることと理解出来ます。

14節「自分が信仰を持っていると言う者がいても~彼を救うことができるでしょうか」と、ヤコブの手紙の主題を示しています。

ヤコブは信仰からの“聖霊による行い”こそ、真の信仰者のあるべき姿であると記しています。

15節「着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき」
16節「体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう」
17節「信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。」
と3つの節でヤコブは“何の役に立つのか”ということを具体的な事例を示して答えています。

困っている兄弟姉妹に手を差し伸べない、行いの伴わない信仰は死んだものと示しています。

21,22節、アブラハムは息子のイサクを献げるという行いで神への信仰が行いと共に働き、完成され、義とされたことをヤコブは示しています。

26節「魂のない肉体が死んだものであるように」、信仰は“信じること、そこから導かれる行い”により、真の信仰者となります。
スポンサーサイト



  1. 2017/11/16(木) 12:37:02|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<今月の鳥居坂教会パイプオルガンコンサート | ホーム | 今月の神田キリスト教会パイプオルガンコンサート>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://glorycross.blog135.fc2.com/tb.php/810-d0fad076
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)