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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
480番「輝く日を仰ぐとき」
199番「かがやく姿は」
593番「ああめぐみ」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌480番「輝く日を仰ぐとき」は、
“新聖歌21番”
“讃美歌第2編161番”
“讃美歌21-226番”
にもなっています。



お祈りでは、
「今度の礼拝のこと」
「病やケガで療養中の方のこと」
をお祈りしました。 



聖書の学びでは、新約聖書の
「フィリピの信徒への手紙1章20〜26節」
を学びました。

「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬとは利益なのです。 (21節)」と、パウロは記しています。

“生きるとはキリストであり”と表すように、パウロはイエス様と一体になって生きてきたと確信しています。
「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。 (ガラテヤの信徒への手紙2章20節)」とも記しています。

“死ぬことは利益なのです”の、“利益”という言葉には人生で最も忌み嫌われている最後の敵である死さえも、パウロは利益であると記しています。
死は、罪によって人に入ってきました。罪の無いイエス様が自らを十字架の上で、罪の贖いとして命を捧げてくださいました。

私たちは肉体が滅び、無くなってしまう“死”だけではなく、イエス様の十字架の贖いにより罪が赦され、“死ぬこと”は救いの完成、天の国への道が開かれたことを意味しています。

永遠の命が与えられ、イエス様と共に住むところが与えられたことです。
パウロは、地上の命と永遠の命との間に、イエス様の御心によって生かされています。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2020/01/30(木) 14:06:37|
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