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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
528番「いまだ見ぬ地」
593番「ああめぐみ」 (参加者のリクエスト)
472番「人生の海のあらしに」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌472番「人生の海のあらしに」は、
“新聖歌248番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「ホセア書2章21,22節」を読み、私は
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「特別講演会のこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ガラテヤの信徒への手紙6章11〜18節」
を学びました。

パウロはガラテヤの人々に宛てた手紙を終えるにあたり、最後の挨拶を記すのではなく、
11節「このとおり、わたしは今こんな大きな字で、自分の手であなたがたに書いています。」と、もう一度この手紙にとって最も重要なことを記そうとしています。

この手紙が書かれた目的は、
“救われるためには割礼を受けることが必要だとの誘いに決して乗らないように”
と注意を与えることでした。

パウロは、“誇り”や“誇る”という言葉を多く用いています。
“信仰者の誇り”をもって信仰生活の有様をしめしてきました。
14節「わたしは、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」パウロは最後に、福音の真理を記します。
十字架は痛みや苦難そのものです。決して誇るものではありません。
しかし、イエス様の苦しみと惨めさは私たちのためであるから、私たちは十字架を誇るのです。

14節「十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされたのです。」イエス様の十字架によって、世とそれに属するものの終わりを知って、その迫害の力を恐れなくても良い。この世の力や律法もイエス様の十字架によってはりつけにされたのです。
イエス様の十字架は、律法の力やこの世の勢いから、私たちを解放して自由の中に生かされているのです。

15節「大切なのは、新しく創造されることなのです。」パウロは、イエス様の十字架は、それまでの律法を完成させ、イエス様を信じる者には神の新しい命を与えてくださいました。
十字架は神の再創造です。イエス様を信じる者に条件無しで永遠の命を与えてくださり、この恵みの中に生きる者へ私たちを造り変えてくださいました。





日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2019/10/03(木) 12:25:21|
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