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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
404番「イエスはなれをよびたもう」
402番「おかにたてるあらけずりの」(参加者のリクエスト)
428番「とうとき泉あり」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌404番「イエスはなれをよびたもう」は、
“新聖歌176番”
“讃美歌517番「我に来よと主は今」”
にもなっています。

聖歌402番「おかにたてるあらけずりの」は、
“新聖歌108番”
“讃美歌第2編182番「丘の上に十字架立つ」”
“讃美歌21-303番「丘の上に主の十字架」”
にもなっています。

聖歌428番「とうとき泉あり」は、
“新聖歌238番”
“讃美歌239番「さまよう人々」”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「エゼキエル書11章19節」を読み、私は
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
「病やケガで療養中の方のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ガラテヤの信徒への手紙6章1〜10節」
を学びました。

1節「兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったら、霊に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさいあなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい。」
主イエスを信じ、その十字架の死と贖いによって生かされた者たちは、確かに十字架の救いによって、既に罪から解放されています。
しかし、肉の業による私たちには罪の誘惑があります。何かの間違いで罪を犯すこともあります。
肉の業による罪は、イエス様を否定し、十字架の救いを信じない者が犯す罪とは全く異なります。

2節「互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです。」
この問題は、その人だけでなく、信仰共同体としての今の私たちの問題でもあります。
重荷は、“柔和な心”で担います。

罪を犯した者を、自分の重荷として担う。その私をもイエス様は担ってくださいます。
私たちの罪を担い、イエス様は十字架へと向かいました。
イエス様無くしては、“聖霊を結ぶ実”を私たちは結ぶことは出来ません。
また、私自身も“誘惑されないよう”に歩むこともイエス様無しには誰にも出来ません。
“互いに”信仰者が歩む姿です。

信仰は、生き方に確信を与えます。しかし、信仰によって自信満々になってしまう“誘惑”があります。
他者を裁き、自惚れに陥る。パウロは、イエス様の贖いと執り成しにおいて平安をいただけると言います。
柔和な心は、イエス様が私の重荷を担ってくださるという確信から与えられます。





日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2019/09/26(木) 12:11:21|
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