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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

月に一度の聖書の学び会へ

今日は、月に一度行われる聖書の学び会へ行きました。


今回の学び会は、
“主の平和・平安・シャローム”
というテーマでした。



旧約聖書はヘブライ語で書かれていますが、挨拶の言葉に“シャローム”という言葉があります。

このシャロームは、“平和”という意味です。

聖書的には、平和とは“平安”,“繁栄”,“健康”,“和解”など様々な意味を含む言葉として考えられます。



【神から与えられる“平和・平安”】
神が与える“平安”には、豊作や安全も含まれています。

平安は契約の産物であり、神を信じ伝えることにより契約が成立することを“祝福される”と捉えます。

神から平和が与えられるには、絶対条件として神からの掟を守る必要があります。



【預言書に表される“平和”】
神は人に平和を与えたいと考え、救い主を世に与えることを決心されました。
(参照:イザヤ書9章5節)

偽預言者が現れ、神の言葉ではなく偽り者の言葉により国民を破滅に導きます。
(参照:エレミヤ書6章14節)

エレミヤは南ユダ王国の最期を見届けた預言者です。
彼自身はエルサレムを去るつもりは無かったのですが、エジプトに連れ去られそこで死にました。
エレミヤにとっては、神の赦しの預言は、エレミヤがその場に立ち会うことが叶わなかったとしても、異国の地で死を迎えた彼にとっては大きな救いになったはずです。
(参照:エレミヤ書33章1〜8節)

イスラエルにとって救い主は大いなる平和をもたらす存在でした。
(参照:エゼキエル書34章20〜27節)

預言では、メシア(救い主)は戦いを断つ姿で描かれています。
(参照:ゼカリヤ書9章9,10節)

平和は神との契約であることが
示されています。
ユダヤ人にとって“契約”とは、神聖で必ず守られるものでした。
(参照:マラキ書2章5〜7節)



【イエス・キリストがもたらす“平和”】
平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。
(参照:マタイによる福音書5章9節)

世が与える平和→目に見える豊かさ・知識・財産・地位などによる安心感
イエス様が与える平和→罪の贖いによる神との和解
(参照:ヨハネによる福音書14章27節)



【使徒が伝えた“平和”】
イエス・キリストに対する信仰が勢いを増し、それに伴い迫害も激しくなります。
そのような状況の中で平和を得るということは心の内にある魂の問題となっていきます。

どのような困難の中であっても、十字架の贖いによって神の御前に行ける安心感や喜びへ変えられていきます。

“平和”は、国家や部族ではなく、個人間の問題と見なされつつあり、“平和”の要となるのはイエス・キリストの十字架で、“平和”に至るために、アガペーの愛が大きな役割を果たします。

自らの罪を見て、十字架の贖いに委ねる時に本当の平和が得られることを神は考えられているのではと思います。





来月(9月)の学び会は、私は行けるかどうかはまだ未定です。




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  1. 2019/08/22(木) 20:16:38|
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