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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
392番「神はひとりごを」
545番「主よこの身いままたくし」(参加者のリクエスト)
453番「罪ふかきこの身を」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌392番「神はひとりごを」は、
“讃美歌第2編184番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書43章4節」を読み、私は
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
「ケガや病で療養中の方のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ガラテヤの信徒への手紙4章1〜7節」
を学びました。

パウロは、律法の理解を分かりやすく説明するために、かつて律法学者だった経験から、社会生活で特に親から子への相続を例えに用いて語っています。
全てのものを整え、変えるためにイエス・キリストが来られたと証ししています。

“相続人”は、父親の財産を全て受け取る“子供”です。
ユダヤ人は、自分たちこそが神の選民であり、神の全てを“相続”する相続人である特権を与えられていると信じています。
しかし、彼が“未成年”である期間は、父親が定めた“後見人”や“管理人”の“監督”の元にいます。
“後見人”や“管理人”を必要とされる間、“相続人”は“僕”に財産が与えられないように、父親の財産を受け継ぐ権利はありますが、自由に使うことは許されません。

パウロは、“相続人”であるユダヤ人は“未成年”であった時、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていたと言います(13節)。
“諸霊”は、天体や物資の中に住み、これを支配し、さらに人間の運命を左右すると信じられていた霊的存在を意味する言葉です。

時が満ちると、“御子”を律法の下に生まれた者として遣わされました。

イエス・キリストと父なる神の関係、“アッバ、父よ”と叫ぶ御子の霊により、神に直接呼びかけることが許される者となりました。

誰でも律法の行いではなく、イエス・キリストを信じることにより変えられました。






日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。



 
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  1. 2019/08/08(木) 12:49:13|
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