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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
聖歌404番「イエスはなれを呼びたもう」
聖歌292番「今日までまもられ」(参加者のリクエスト)
聖歌496番「主と主の言葉に」
を歌いました。
(イースターが過ぎましたので、今回から聖歌を使用します)

今回歌いました、
聖歌404番「イエスはなれを呼びたもう」は、
“新聖歌176番”
“讃美歌517番「我に来よと主は今」”
にもなっています。

聖歌496番「主と主の言葉に」は、
“新聖歌324番”
にもなっています。

参加者のリクエストで歌いました、
聖歌292番「今日までまもられ」は、
“新聖歌171番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書58章2節」を読み、私は、
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「お昼のチャペル・コンサートのこと」
「今度の礼拝のこと」
「病で療養中の方のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ガラテヤの信徒への手紙」
について学びました。

ガラテヤの信徒への手紙
《前書き》
1章1〜10節

《パウロの自己弁明》
1章11節〜2章21節
パウロは自分の使徒としての権威は神から与えられたものであり、先に使徒となった者たちの権威とは何ら相違が無く、自分が説く福音も神から直接啓示されたものであると主張し、また自分の福音理解の基本を示すことにより“教理的教え”の導入を準備する。

《教理的教え》
3章1節〜5章1節
人が神と正しい関係にある者とされ、救われるのは律法尊守によるのではなく、“キリストの信仰”によるという“神の救い計画”を旧約聖書によって論証する。

《論理的教え(勧告)》
5章2節〜6章10節
“教理的教え”に基づいて、キリストを拠り所とするキリスト者の“自由”の実践の原則と実生活におけるその適用について論じ、勧告する。

《結び》
6章11〜18節

「ガラテヤの信徒への手紙」は、福音の真理とそれに立脚したキリスト者の自由を明白に宣言している手紙です。

新約聖書の中でも、最も福音的な文書です。

この手紙の中で、
“生まれながら罪人である人間は、聖なる神との交わりをどうして保つことが出来るか。神の律法によってか。”
この問題に対して、パウロは答えています。

この手紙の宛先である“ガラテヤ”は、どの範囲で捉えるかにより、“北ガラテヤ説”と“南ガラテヤ説”の論争があり、手紙が書かれた時代や場所の決定に影響があります。

この説を検証するためには、「使徒言行録」の記述内容との関連が課題になります。

この両説の背景には、ガラテヤの信徒への手紙2章1節の「その後14年たってから、わたしはバルナバと一緒にエルサレムに再び上りました。その際、テトスも連れて行きました。」と、このエルサレムの訪問がいつなのかが問題になります。
使徒言行録11章30節の場合か、使徒言行録15章2節の場合か。また、ガリラヤの諸教会が創立されたのは、第1回伝道旅行の時か、第2回伝道旅行の時かという問題があります。






日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2019/04/25(木) 13:06:00|
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