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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


讃美歌は、
讃美歌262番「十字架のもとぞ」
讃美歌532番「ひとたびは死にし身も」(参加者のリクエスト)
讃美歌286番「神はわがちから」
を歌いました。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「創世記22章7,8節」を読み、私は
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
「病で療養中の方のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ヨハネによる福音書16章29〜33節」
を学びました。

29〜33節は、弟子たちの応答とそれに対するイエス様の答えが記されています。

イエス様が語られた言葉を弟子たちは理解出来るようになったと言います。

イエス様御自身に関することや使命について、父なる神について一切のことを知っておられる方、御自身が誰であり、何をされるのかをはっきりと語られたので、今や誰もあなたには説明を求める必要がない方であると弟子たちは言います。
これは、弟子たちの真実かつ真剣で、純粋な信仰告白であります。

イエス様の奇跡を見て病の癒やしや不思議な業を見て信じた人々はいましたが、弟子たちのように真実の信仰を表す者は現れませんでした。

しかしイエス様は、「今ようやく、信じるようになったのか (31節)」と疑問を弟子たちに告げます。

イエス様は弟子たち自身の信仰に高慢な思いがあり、その高慢な思いが弱さを作り出していることを、そして未だに自分自身をよく知ることが出来ないことを問います。

この説教が語られた数時間後には、弟子たちはイエス様を残して逃げてしまいました。
信じたと思い込んでいた高慢な思いにより、苦難があれば信仰から逃げ去ってしまう弱さがあらわにされました。

しかしイエス様は、弟子たちの信仰の弱さを咎めませんでした。
離れ去ってしまう弟子たちに、「しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ (32節)」と、1人残されるイエス様に対して、父なる神の慰めと力が与えられることを語られます。

告別説教の目的は、「あなたがたがわたしによって平和を得るためである (33節)」と最後に語られています。
復活の主に出会った者が得るイエス様の平和であると語られます。

世はその者たちにも苦難が襲うと言われます。
「しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。 (33節) 」
苦難を恐れず、進むべき道を進むことを示されました。

既に世の苦難は、イエス様が十字架において勝利されています。

勝利者である復活の主に出会い、祝福の中を歩んでいきたいです。







日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2019/04/11(木) 13:18:24|
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