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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
聖歌584番「あたらしき地に」
聖歌199番「かがやく姿は」(参加者のリクエスト)
聖歌520番「ただ主をあがめて」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌584番「あたらしき地に」は、
“新聖歌398番”
にもなっています。

聖歌520番「ただ主をあがめて」は、
“新聖歌427番”
にもなっています。

参加者のリクエストで歌いました、聖歌199番「かがやく姿は」は、
“新聖歌145番「さかえに満ちたる」”
“讃美歌194番「さかえに満ちたる」”
にもなっています。



お祈りではまず参加者皆で、旧約聖書の「申命記3章24,25節」を読み、私は
「病で療養中の方のこと」
「今度の礼拝のこと」
「礼拝後の聖歌隊練習のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、旧約聖書の
「詩編2編」
を学びました。

詩編2編は、“王の詩編”として考えられてきた詩編です。

時期の特定は出来ませんが、イスラエルに王が即位する時、または記念行事に用いられたのではないかと思われます。

新約聖書で多くの記者たちは、この詩に書かれているメシアの世界的支配の実質が、イエス・キリストによって実現すると受け取り、イエス様に関する預言として引用されています。
(参照:使徒言行録13章33節・ヘブライ人への手紙5章5節)

詩編の記者は、「なにゆえ (1,2節)」と疑問を持つことを記しています。
“国々は騒ぎ立ち、人々は虚しく声をあげ、地上の王たちは構え、支配者は結束して「主」・「油を注がれた方」に逆らうのか”(1,2節)

「油を注がれた方」の“油”は、神の霊の力が宿るものと考えられており、“油注ぎ”は、神の霊によって、王・祭司・預言者がその職務に叙任され、その勤めに就く際に行われた儀式でした。

「油を注がれた方」とはヘブライ語では“メシア”、ギリシャ語では主イエスを指す“キリスト”と、固有名詞になりました。

4,5節、地上での混乱を“天を王座とされる方(神)”は、“笑い”・“あざけり”・“憤られ”・“怒って”おられる。
神は御旨によって立てられた王と宣言されます。

イエス様の生涯は、権力者や宗教指導者からの苦難と拒絶で覆われていました。
イエス様は貧しさの中で各地を歩き、人々に教えを広めました。
しかし、人々の偽証や妬みの中で十字架に磔にされました。
弟子たちも逃げてしまっても、主イエス様こそ真の王と信じる者もいました。

この世を歩むために、その礎となるものは、神の元にあります。

その全てを主イエス様は与えてくださいます。





日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。

※今回はハイデルベルク信仰問答の学びはありませんでした。





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  1. 2019/02/28(木) 12:57:55|
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