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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


讃美歌は、
讃美歌106番「あら野のはてに」
讃美歌第2編96番「いまこそ来ませ」(参加者のリクエスト)
讃美歌114番「あめなる神には」
を歌いました。

今回歌いました、
讃美歌106番「あら野のはてに」は、
“讃美歌21-263番”
“聖歌138番”
にもなっています。

尚、参加者のリクエストで歌いました、
讃美歌第2編96番「いまこそ来ませ」は、先日聖イグナチオ教会の
“オルガンと祈り”
でも歌い、今回は私がリクエストしました。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書60章1節」を読み、私は
「老人ホームでの奉仕が無事に出来たこと」
「今度の礼拝のこと」
「24日のクリスマスイヴ礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「ルカによる福音書1章67〜80節」
を学びました。

68節「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を」と呼びかけがあります。
それは、“神はいつもわたしたちの歴史の中におられる”ということです。
新しい時代についての準備としての言葉です。

まず、
68,69節
神はイスラエルの民を、エジプトでの奴隷としての生活から解放するために、約束の地であるカナンへ導きました。
そして、救い主がダビデの血筋から生まれることが述べられています。
70〜73節
神は預言者の言葉を通して、アブラハムや先祖に示された約束で、聖書に示された出来事が成就したことが述べられています。
74,75節
神は新しい時代が始まり、裁きではなく福音が知らされる時代であり、わたしたちが生涯をかけて信じていく道であることを示しています。

次に、
76,77節
「幼子よ(76節)」という呼びかけです。
この幼子は成長した後にバプテスマのヨハネとなります。

ザカリアは生まれた息子ヨハネを通して、“神とはどのようなお方であるかを示された”ということです。

ヨハネは「主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。(76,77節)」と、イエス様の宣教に先立って整え、知らせるために与えられた者であります。
それは民に神とはいかなるお方かを“知識”として与えるために遣わされました。

イエス様は、愛を与えるために来られたことを、嘆きの中にいる民に知らせるために遣わされました。

最後に、
78,79節
「あけぼのの光が我らを訪れ(78節)」と呼びかけられます。
それは、「これは我らの神の憐れみの心による。(78節)」と、全てが“神の赦しから始まることを示された”ということです。

救い主は光として来られる。
わたしたちも、暗闇にいる者たちにも、誰にでも夜が明けていくように光に包まれます。
それは、全ての者に平和を与える光となります。
この光こそ、イエス様が示された愛です。

神に用いられる、受け入れた者の言葉は、個人の思いを超えて、世の喜びへ思いを巡らせていきます。

神の新しい御計画が始まる。その一部でも担うことを託された者。彼らの言葉には神から与えられた勇気を見ることが出来ます。

今まで誰も経験したことがない出来事、誰も信じてもらえない出来事は、それが神の御旨と信じた時にそこには全てを超える勇気が与えられます。

神はそれぞれが確信をもって信じることが出来るように、それぞれにふさわしい方法で託されました。

暗い時代の世の中、先に夜明けを知った者、信じた者が
“ほめたたえよ、イスラエルの神である主を”
と喜びをもって待ち望むアドベントでありますように。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/12/20(木) 16:28:03|
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