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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

月1回の聖書の学び会へ

今日は、月に1回行われる聖書の学び会へ行きました。


今回は、

“信仰とは”

というテーマの学びでした。


信仰とは、“行い”を軽んじているわけではありません。

“隣人を愛する”という点において、積極的に強い意志を持って行うことを勧めています。


新約聖書のヘブライ人への手紙11 章1節では、信仰とはとの問に答えが記されています。

「望んでいる事柄」とは、神の国に入る資格を得るということです。

「見えない事実」とは、神が世界の創造主であり、わたしたちはその被造物であること。
これが、“見えない事実”であると言えます。
実際には目に見えていますが、その本質的な意味が見えていません。

わたしたちが信仰を持つということは、この世界を見て神の存在を確信し、信じ、自分自身がその被造物であるからには神の子であること、それゆえにいずれは神の国に入る資格を持っていると確信するということです。


全知全能の神の被造物であるにもかかわらず、わたしたちは罪の虜であります。

罪の虜からの解放は、イエス・キリストによって成就されました。


1.全知全能の唯一の神がおられる。
2.わたしたちはその被造物である。
3.しかし、わたしたちは完全ではなく、罪の内にある。
4.イエス・キリストの十字架によって全ての人の罪が贖われた。
5.これを自分自身のために実現した神の御計画として受け入れることが“信仰を持つ”こと。
6.神はこれを喜ばれ、信じる者を“義”とされる。


わたしの信仰自体は信用出来ないものであるが、そのわたしのために十字架で死んで復活してくださったイエス・キリストの信仰は完全なものであるということを信じています。ということになります。


“信仰義認”とは、神が信仰者の心を測って信仰心が大きいから義としようとするのではなく、ただわたしたちの罪のためにイエス・キリストが十字架に架けられたという、その愛を受け入れる者を“義”と宣言するという意味になります。

まさに罪の赦しと贖いです。





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  1. 2018/10/18(木) 17:41:50|
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