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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、

聖歌は、
聖歌590番「救い主イエスと」
聖歌298番「世にある限り」(参加者のリクエスト)
聖歌588番「主と共にあゆむ」
を歌いました。

今回歌いました
聖歌590番「救い主イエスと」は、
“新聖歌340番”
にもなっています。
尚、参加者のリクエストで歌いました
聖歌298番「世にある限り」は歌詞は異なりますが、
“新聖歌385番”
“讃美歌338番”
“讃美歌21-510番”
(新聖歌・讃美歌・讃美歌21は共に題名が「主よ終わりまで」になっています)



お祈りではまず、参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書30章18節」を読み、私は
「土曜日に開催されるお昼のチャペル・コンサートのこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「テサロニケの信徒への手紙I 2章1〜12節」
を学びました。

2章からパウロは、テサロニケの教会に神の選びの現実性と確実性を証明しようとしています。

福音を語る者には必ず起こる
“迫害”
“似たものを語る者の出現”
も含めて無駄ではなく、それこそが真理の福音であると伝えています。

「わたしたちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたけれども、わたしたちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語ったのでした。」(2節)
パウロとシルワノは、テサロニケの前のフィリピの伝道で迫害に遭いました。
(参照:使徒言行録16章16〜40節)

まだ迫害の傷が癒えないままテサロニケの伝道に入りました。

テサロニケでも、
“激しい苦闘”
“信仰を金儲けの為に伝える者”
が待っていました。

人が作った教えを信じる者、教えを伝える者からパウロは、真実の福音とは何かを人々と神の両面から証を述べて行きます。

2節は神から託された福音であり、キリストの命によって贖われた福音を
“迷いや不順な動機、ごまかし”
ではなく、
“神に認められ、福音を委ねられている”
からこそ語っていると証明しています。

パウロは自分で収入を得て(パウロはテント職人となっている)、他人から施しを求めていませんでした。
この姿は福音に対して敬虔で正しく、非難されることがない伝道者の姿であります。

信仰生活は
“様々な迫害・誘惑・似て非なるもの”
が起こることを
“無駄ではない”
と考える生活です。







日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/10/18(木) 10:36:41|
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