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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で今日の夜に行われた祈祷会では、

聖歌は、
聖歌514番「ひかりの高地に」
聖歌585番「このみの生くるは」(参加者のリクエスト)
聖歌493番「わがとも主イエスは」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌493番「わがとも主イエスは」は、
“新聖歌317番”
にもなっています。

参加者のリクエストの聖歌585番「このみの生くるは」は、
“新聖歌399番”
にもなっています。


お祈りではまず、参加者皆で旧約聖書の「申命記1章33節」を読み、私は、
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。


聖書の学びでは、旧約聖書の
「ホセア書11章1〜11節」
を学びました。

ホセア書11章は、
“全ての時代に語り掛けられる神の愛”
が記されています。

1節では、初めに“愛”という言葉が使われています。
11章では、“父の子どもに対する愛”、イスラエルの民を育てて導く“父なる神”の姿を通して語られています。

3〜4節は、神は私たちが初めて歩きだした時と同じく、イスラエルのおぼつかない足取りを支え、歩み方を教えました。
それは、神に従う歩みを教えるためでした。

しかしイスラエルの民は、
2節「彼らはわたしから去って行き」、「偶像に香をたいた」
と、神の愛に背いてしまいました。

5節「彼らが立ち帰ることを拒んだからだ。」
と、頑ななイスラエルの姿があります。

7節「助け起こされることは決してない。」
と、神は宣言されます。

しかし、
8節「見捨てることができようか」、「引き渡すことができようか」
と、イスラエルの民はかつてソドムとゴモラと共に滅ぼされたアドマやツェボイムのように、滅ぼすことは出来ないと語ります。

神はその民を捨てることが出来ない。
神はイスラエルの行為によって引き起こされると同時に、神の恵みの厳しい啓示である審判を許すことは出来ないが、愛を止めることは出来ません。

11節「わたしは彼らをおのおのの家に住まわせると主は言われる。」
これは神の結論です。
神は、頑なな民を愛されると宣言されます。
それは、異邦人にも愛されることになるのではないか、時代と場所を超えて語り掛けてくださることになるのではないかと思われます。







日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/09/06(木) 14:05:27|
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