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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

木曜日の聖書を学ぶ会へ

今月も、月に1度の木曜日に行われる聖書を学ぶ会に行きました。


今回は、

“教会の歴史”

というテーマで学ぶ会が行われました。



【教会とは】

教会の始まりは、新約聖書の「使徒言行録」2章の聖霊降臨(ペンテコステ)から始まりました。

「教会」は建物を指して言いがちですが、教会とはギリシャ語で「エクレシア」という言葉で表され、これは“人々の集まり”を指す言葉です。

新約聖書の福音書では、マタイによる福音書
16章18節
18章17節
に“教会”という言葉が出てきます。



【初代教会】

イエス・キリストの十字架を紀元30年頃と考えると、初代教会の成立も同じ頃となります。

使徒達は敬虔なユダヤ教徒として律法の原点に帰り、ユダヤの宗教的習慣を守って信仰生活を送りました。

それまでのユダヤ教徒との信仰の違いは、使徒達は
“救い主は到来し(ナザレのイエス)”、
“神の救いが成就した(十字架と復活)”、
と信じた点です。

キリスト教会は“信仰”から始まり、運営のための組織は後から作られました。

その後の発展の中で多様性が生じても、“信仰”の点で一致することが出来ました。

これは後に、使徒信条を定める時、教理について会議をする際にも大きな力となりました。



【教会の発展と拡大】

キリスト教会に対する最初の迫害は、使徒言行録6~7章に記されている、
“ステファノの殉教”
の出来事です。

迫害され、散らされたことが、かえってキリスト教を広めることになりました。

それからパウロが伝道者として、世界宣教が始まりました。

しかし、迫害は初めはローマより、ユダヤ人からの方が激しかったと考えられます。



【教会の組織と職制】

初代教会は、初めはエルサレム神殿に集まり、信徒が増えるにつれて信徒の家で礼拝が奉げられるようになりました。

1世紀の終わり頃には、礼拝専門の建物が出来始めます。

同時に教会組織が形成され、礼典も整えられていきました。

この頃の“ディダケー”(12使徒の教訓)という書物には教会規則が書かれています。

パウロは各地の教会に、“監督”や“執事”などの職制を作り上げました。

(監督や奉仕者の資格については、新約聖書のテモテへの手紙I 3章1~13節を参照)



【教会の東西分裂】

西暦395年にローマ帝国は、東西に分裂します。

『東ローマ帝国』
首都コンスタンティノポリス
ギリシャ語
神学論争が盛んだったため分派争いを招いた
『西ローマ帝国』
首都ローマ
ラテン語
教会組織が整い、秩序に沿った運営がなされた

東西に分裂しても教会政治まで分裂していたわけではなく、
ローマ
アレキサンドリア
コンスタンティノポリス
エルサレム
アンティオケ
の5大本山の元に全体の運営が行われていました。

アリウス論争がきっかけとなり、5世紀終わり頃から対立が悪化し、1054年に完全に分裂して、
“東方「ギリシャ正教会」”
“西方「ローマ・カトリック教会」”
となりました。

(アリウス論争:イエス・キリストは人間であって神ではない。三位一体を否定)



木曜日の聖書を学ぶ会では、新共同訳聖書を使用しています。



次回(7月)の学ぶ会は、私は行けるかどうか未定です。
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  1. 2018/06/21(木) 18:04:49|
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