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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

今日はハンドベル練習

今日は、ハンドベルの練習がありました。


今回も12月に向けての課題曲
讃美歌111番「神の御子は今宵しも」
「ジングルベル」(トーンチャイムを使用)
讃美歌109番「きよしこの夜」(トーンチャイムを使用)
3曲と、老人ホームでのキャロリングで演奏する曲の
「ジングルベル」
讃美歌109 番「きよしこの夜」
(どちらもトーンチャイムを使用し、異なるアレンジで演奏)
の2曲を練習しました。


練習内容は、

【前半】
讃美歌111番「神の御子は今宵しも」

【休憩を挟み後半】
引き続き讃美歌111番「神の御子は今宵しも」
讃美歌109番「きよしこの夜」(トーンチャイムを使用)
「ジングルベル」(トーンチャイムを使用)

【最後は】
「ジングルベル」(異なるアレンジでトーンチャイムを使用)
讃美歌109番「きよしこの夜」(異なるアレンジでトーンチャイムを使用)

でした。


今回は、初めて演奏する箇所の練習もあり、ベルを鳴らすタイミングを中心に練習しました。


私は左右のベルを間違えて鳴らしてしまうことが何度かありましたので、次回の練習では左右を間違えずにベルを鳴らすことが出来ればと思います。





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  1. 2018/10/27(土) 14:02:26|
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今年も誕生日を迎えることが出来ました

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今年も無事に誕生日を迎えることが出来ました。(何回目かは省略します)

私が通う日本基督教団小松川教会から、誕生日のメッセージカードが届きました。

新約聖書の
「エフェソの信徒への手紙5章9節」
からの言葉が書いてありました。





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  1. 2018/10/26(金) 14:49:28|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問46〜問49”

でした。



問46
あなたは「天に昇り」をどのように理解しますか。

答え
キリストが弟子達の目の前で天に上げられ、生きている者と死んだ者を裁く為に再び来られる時まで、私達の為にそこ(天)にいてくださるということです。

参照聖書箇所
ルカによる福音書24章50,51節
使徒言行録1章9〜11節
ローマの信徒への手紙8章34節
エフェソの信徒への手紙4章8〜10節
ヘブライ人への手紙7章23〜25節・9章24節



問47
それでは、キリストは約束なさったとおり、世の終わりまで私達と共におられるというわけではないのですか。

答え
キリストは、まことの人であり、まことの神であります。

この方は、その人としての御性質においては、今は地上におられませんが、その神性・威厳・恩恵・霊においては、私達から離れてはおられないのです。

参照聖書箇所
マタイによる福音書28章18〜20節
ヨハネによる福音書14章16〜19節
使徒言行録1章9〜11節



問48
しかし人間性が神性のある所どこにでもある、ということではないのならば、キリストの2つの性質は互いに分離しているのではありませんか。

答え
そうではありません。

なぜなら、神性は捉えることが出来ず、どこにでも臨在するのですから、確かにそれが取った人間性の外にもあれば、同時に人間性の内にもあって、絶えず人間性と人格的に結合しているのです。

参照聖書箇所
イザヤ書66章1節
エレミヤ書23章23,24節
ヨハネによる福音書1章14節・3章13節
コロサイの信徒への手紙2章9節



問49
キリストの昇天は、私達にどのような益をもたらしますか。

答え
第1に、この方が天において御父の前で私達の弁護者となっておられるということ。

第2に、私達がその体を天において持っているということ。
それは、頭であるキリストが、この方の一部である私達を御自身のもとにまで引き上げてくださる1つの確かな保証であるということです。

第3に、この方がその保証のしるしとして、御自身の霊を私達に送ってくださるということ。
その御力により私達は、地上のことではなく、キリストが神の右に座しておられる天上のことを求めるのです。

参照聖書箇所
ヨハネによる福音書14章2,16節・17章24節
コリントの信徒への手紙II 1章21,22節・5章5節
エフェソの信徒への手紙2章4〜6節
コロサイの信徒への手紙31〜4節




(参照聖書箇所は、新共同訳聖書を基にしています)





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  1. 2018/10/25(木) 13:33:55|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
聖歌498番「歌いつつあゆまん」
聖歌347番「いかにおそるべき」(参加者のリクエスト)
聖歌589番「めぐみの高き嶺」
を歌いました。

今回歌いました、
聖歌498番「歌いつつあゆまん」は、
“新聖歌325番”
にもなっています。
聖歌589番「めぐみの高き嶺」は、
“新聖歌339番”
にもなっています。
尚、参加者のリクエストで歌いました、
聖歌347番「いかにおそるべき」は、
“新聖歌311番”
にもなっています。



お祈りではまず、参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書57章15節」を読み、私は、
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは新約聖書の
「テサロニケの信徒への手紙I 2章13〜16節」
を学びました。

13節「このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。」
と、テサロニケの兄弟に語ります。

“わたしたちから神の言葉を聞いた時”とパウロは、テサロニケの兄弟が“人の言葉としてではなく神の言葉”と神に告知された言葉を聞きました。
それは、聖書に記されている言葉として神がパウロに語られた言葉を聞いてきたということになります。

パウロの伝道者としての自覚は、パウロ自らがエルサレムの教会から伝えられた事柄に、パウロ自身の思いを付け加えることも削除することも変更することも無く、そのまま伝えることです。

教会はどのような時代においても、聖書に記されたイエス様の十字架の贖いと復活と救いの完成と永遠の命を語り伝えてきました。

14節「キリスト・イエスに結ばれている神の諸教会に倣う者となりました。」
と、ユダヤの教会が地域や人種を越えて“神の言葉”に従う教会、信徒として存在しています。
“キリストの苦しみ”を知っている教会として存在していると語っています。

「倣う者」とは、“神の言葉”を受け入れることにより与えられる、外的・内的な信仰の“苦しみ”を経験している者であるということです。

新約聖書は、“イエス様の苦しみ”の意味を現しています。
それは、“キリストは十字架の苦しみを通して神の栄光に至り、また苦しみを通して栄光が教会に与えられる希望”であるということになります。

テサロニケの教会は、“キリストの苦しみ”を体験しています。
テサロニケは多様な思想の中にあり、同胞からの困難も覚えています。

それでも神の言葉が働いている、信仰に生かされている証であるとパウロは神に感謝して、テサロニケの教会の信仰を称えています。

15,16節ではユダヤ人はイエス様を殺しただけでなく、信じようとする者も妨げたとパウロは言います。
ユダヤ人の言動には、神の怒りがあると述べています。

神を本当に愛するなら、それは隣人愛として広がっていきます。





日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/10/25(木) 12:29:52|
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銀座教会オルガンメディテーションへ

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今日は、銀座教会の
“オルガンメディテーション”
に行きました。


内容は、

前奏

会衆賛美 讃美歌526番「主よ、わが主よ」

主の祈り

聖書朗読 ヨハネによる福音書18章38節〜19章16節

祈祷

オルガン演奏

黙祷

後奏

でした。



オルガン演奏の曲目は、

J.ウエステンケーラー
「ひかりとやみとの ゆきかうちまた」(讃美歌276番)

W.B.ブラッドバリー
「いさおなき我を 血をもてあがない」(讃美歌271番)

D.ハスタッド
「神はわがやぐら わが強き盾」(讃美歌267番)

でした。


今回のオルガン演奏者(敬称略)は、
川守田祐佳
でした。


尚、今週は信徒伝道週間ということもあり、終了後はお茶菓子
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が振る舞われました。





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  1. 2018/10/24(水) 14:49:31|
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今日は聖歌隊練習

今日の礼拝後は、聖歌隊の練習がありました。



今回も12月に向けての課題曲、

“リビングプレイズ158番「インマヌエル麗しい御名」”

の練習をしました。



今回の練習は、始めから終わりまで一通り歌った後、アルト(女声)とバス(男声)がほぼ同じ音程とのことなので、この2声を合わせて歌う練習や、2節目を歌った後はサビの部分を再度歌う練習をしました。



次回の練習は、11月3日(土)に行われます。

土曜日に練習がありますが、充分に声を出して歌うことが出来るように練習していきたいと思います。






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  1. 2018/10/21(日) 16:42:16|
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今月の小松川教会お昼のチャペル・コンサート

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今日は、日本基督教団小松川教会に於きまして、

“第24 回お昼のチャペル・コンサート”

が開催されました。



今回は初めて来会された方や、いつもお越し頂ける方も来会され、感謝しています。



今回演奏された曲目は、

F.クープラン
「キリストよ、憐れみ給え」

F.メンデルスゾーン
「ソナタ 第3番 イ短調 作品65-3」

J.S.バッハ
「フーガ ト短調 BWV578」

J.ブラームス
「『コラール前奏曲 作品122』 より」
“心より愛するイエス”
“われは心より喜ぶ”

T.デュボワ
「トッカータ」

でした。



今回の演奏者(敬称略)は、
中村岩城
でした。



次回(第25回)は、
11月17日(土) 12:15
に開催される予定です。


(小松川教会お昼のチャペル・コンサートは通常毎月第3土曜日に開催されますが、都合により開催日時や演奏者が変更になる場合がございますのでご了承ください)



日本基督教団小松川教会で行われる礼拝・祈祷会の時間などは、
小松川教会ホームページ
をご覧くださいませ。





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  1. 2018/10/20(土) 19:33:38|
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月1回の聖書の学び会へ

今日は、月に1回行われる聖書の学び会へ行きました。


今回は、

“信仰とは”

というテーマの学びでした。


信仰とは、“行い”を軽んじているわけではありません。

“隣人を愛する”という点において、積極的に強い意志を持って行うことを勧めています。


新約聖書のヘブライ人への手紙11 章1節では、信仰とはとの問に答えが記されています。

「望んでいる事柄」とは、神の国に入る資格を得るということです。

「見えない事実」とは、神が世界の創造主であり、わたしたちはその被造物であること。
これが、“見えない事実”であると言えます。
実際には目に見えていますが、その本質的な意味が見えていません。

わたしたちが信仰を持つということは、この世界を見て神の存在を確信し、信じ、自分自身がその被造物であるからには神の子であること、それゆえにいずれは神の国に入る資格を持っていると確信するということです。


全知全能の神の被造物であるにもかかわらず、わたしたちは罪の虜であります。

罪の虜からの解放は、イエス・キリストによって成就されました。


1.全知全能の唯一の神がおられる。
2.わたしたちはその被造物である。
3.しかし、わたしたちは完全ではなく、罪の内にある。
4.イエス・キリストの十字架によって全ての人の罪が贖われた。
5.これを自分自身のために実現した神の御計画として受け入れることが“信仰を持つ”こと。
6.神はこれを喜ばれ、信じる者を“義”とされる。


わたしの信仰自体は信用出来ないものであるが、そのわたしのために十字架で死んで復活してくださったイエス・キリストの信仰は完全なものであるということを信じています。ということになります。


“信仰義認”とは、神が信仰者の心を測って信仰心が大きいから義としようとするのではなく、ただわたしたちの罪のためにイエス・キリストが十字架に架けられたという、その愛を受け入れる者を“義”と宣言するという意味になります。

まさに罪の赦しと贖いです。





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  1. 2018/10/18(木) 17:41:50|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問45”

でした。


問45
キリストの「よみがえり」は、私達にどのような益をもたらしますか。

答え
第1に、この方がよみがえりにより死に打ち勝たれ、御自身の死により獲得された義を私達にあずからせてくださるということ。

第2に、その御力により、私達も新しい命に呼ばれているということ。

第3に、キリストのよみがえりは、私達にとって祝福に満ちた確かな保証であるということです。

参照聖書箇所
ローマの信徒への手紙4章25節・6章5〜11節・8章11節
コリントの信徒への手紙I 15章12〜20節
エフェソの信徒への手紙2章4〜6節
フィリピの信徒への手紙3章20,21節
コロサイの信徒への手紙3章1〜4節
ペトロの手紙I 1章3〜5節



(参照聖書箇所は、新共同訳聖書を基にしています)





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  1. 2018/10/18(木) 16:28:58|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、

聖歌は、
聖歌590番「救い主イエスと」
聖歌298番「世にある限り」(参加者のリクエスト)
聖歌588番「主と共にあゆむ」
を歌いました。

今回歌いました
聖歌590番「救い主イエスと」は、
“新聖歌340番”
にもなっています。
尚、参加者のリクエストで歌いました
聖歌298番「世にある限り」は歌詞は異なりますが、
“新聖歌385番”
“讃美歌338番”
“讃美歌21-510番”
(新聖歌・讃美歌・讃美歌21は共に題名が「主よ終わりまで」になっています)



お祈りではまず、参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書30章18節」を読み、私は
「土曜日に開催されるお昼のチャペル・コンサートのこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「テサロニケの信徒への手紙I 2章1〜12節」
を学びました。

2章からパウロは、テサロニケの教会に神の選びの現実性と確実性を証明しようとしています。

福音を語る者には必ず起こる
“迫害”
“似たものを語る者の出現”
も含めて無駄ではなく、それこそが真理の福音であると伝えています。

「わたしたちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたけれども、わたしたちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語ったのでした。」(2節)
パウロとシルワノは、テサロニケの前のフィリピの伝道で迫害に遭いました。
(参照:使徒言行録16章16〜40節)

まだ迫害の傷が癒えないままテサロニケの伝道に入りました。

テサロニケでも、
“激しい苦闘”
“信仰を金儲けの為に伝える者”
が待っていました。

人が作った教えを信じる者、教えを伝える者からパウロは、真実の福音とは何かを人々と神の両面から証を述べて行きます。

2節は神から託された福音であり、キリストの命によって贖われた福音を
“迷いや不順な動機、ごまかし”
ではなく、
“神に認められ、福音を委ねられている”
からこそ語っていると証明しています。

パウロは自分で収入を得て(パウロはテント職人となっている)、他人から施しを求めていませんでした。
この姿は福音に対して敬虔で正しく、非難されることがない伝道者の姿であります。

信仰生活は
“様々な迫害・誘惑・似て非なるもの”
が起こることを
“無駄ではない”
と考える生活です。







日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/10/18(木) 10:36:41|
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今月の神田キリスト教会パイプオルガンコンサート

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今月も、秋葉原にある神田キリスト教会で開催されたパイプオルガンコンサートに行きました。


今回演奏された曲目は、

J.S.バッハ
「トッカータとフーガ ドリア調 BWV538」

「これぞ聖なる十戒 BWV678」

「いと高きところの神にのみ栄光あれ 
BWV664」

「『音楽の捧げもの』より“6声のリチェルカーレ” BWV1079」

でした。



今回の演奏者(敬称略)は、
冨田真希
でした。


次回は、
11月21日(水) 12:20
に開催される予定です。





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  1. 2018/10/17(水) 14:45:00|
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今週の土曜日に小松川教会お昼のチャペル・コンサートが開催されます

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今週の20日(土)に、日本基督教団小松川教会に於きまして、パイプオルガンの演奏による、

“第24回お昼のチャペル・コンサート”

が開催されます。


【開催日時】
10月20日(土) 12:15〜12:45


【開催場所】
日本基督教団小松川教会礼拝堂
(東京都江戸川区北葛西 4―3―9)


入場無料・全席自由


【アクセス】
東京メトロ東西線「西葛西」下車徒歩約15分
都営地下鉄新宿線「船堀」下車徒歩約20分
(東西線は、各駅停車をご利用ください)


【教会ホームページ】
小松川教会ホームページへ



どなた様もお誘い合わせの上、是非お気軽にお越しくださいませ。


皆様のお越しをお待ちしております。


※教会には駐車場のご用意がありませんので、お越しの際は公共交通機関をご利用ください。

※都合により、演奏者が変更になる場合がございます。






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  1. 2018/10/15(月) 14:30:56|
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礼拝後の会合

今日の礼拝後は信徒が居住する地域ごとの会合があり、今回は

“神を礼拝する生活”

というテーマのお話しがありました。


【洗礼と聖餐の聖礼典にあずかる】
礼拝の中では神の御言葉が語られ、聞かれると同時に、洗礼と聖餐の2つの聖礼典が執り行われます。

これらにより、イエス・キリストによる救いの出来事を伝え、目に見える形で私達に起こり覚えられます。

救いにあずかっていることが確かな恵みとして与えられているのです。

“洗礼”は、私達が神の御前に大きな罪を持った人としてしか生きられないことを知らされ、罪人である自分を認め悔い改め、十字架の死と復活により救いを実現してくださったイエス・キリストを信じ、その信仰を教会の中で公に表して授けられる救いの出来事です。

「口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたことを信じるなら、あなたは救われるからです。実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」
(新約聖書ローマの信徒への手紙10章9,10節)

“聖餐”は、洗礼が1回限りであることに対して、聖餐は繰り返しあずかることが出来る恵みです。

聖餐の制定の言葉は、
新約聖書『コリントの信徒への手紙I 11章23〜26節』
に記されています。

キリストの体と血であるパンとぶどう酒にあずかるとき、キリストが十字架の死と復活により新しく救いの契約を樹立してくださった恵みを味わうことが出来るのです。



【礼拝は神への献身と奉仕である】
礼拝は、私達は神に召し出され招かれているので神の御前に出ることが出来ます。

神御自身が、召し出され招かれている私達を喜び、受け入れてくださるのです。

礼拝にあずかるというそのことが、神への献身と奉仕なのです。

また、献金は、献身と奉仕を具体的に現しているといえるでしょう。

神に仕えることは、人に仕えることと密接に繋がっています。
そして、生活全てにおいて、神と人とに奉仕することが求められていますが、礼拝する神への献身と奉仕が軽んじられてはなりません。

「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」
(新約聖書ローマの信徒への手紙12章1節)



【礼拝のためにすべての生活を整える】
日常生活において、神を礼拝することを常に中心にして、自分の生活を整える姿勢が求められます。





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  1. 2018/10/14(日) 15:40:28|
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今日はハンドベル練習

今日は、ハンドベルの練習がありました。



今回も12月のアドベントとクリスマスに向けての課題曲
讃美歌111番「神の御子は今宵しも」
「ジングルベル」(トーンチャイムを使用)
讃美歌109番「きよしこの夜」(トーンチャイムを使用)
を練習しました。



練習の内容は、

【前半】
基礎練習
讃美歌111番「神の御子は今宵しも」

【休憩時間】
9/24に東京カベナント教会にて開催されたハンドベルチャリティコンサートへ行ったことの報告

【後半】
引き続き讃美歌111番「神の御子は今宵しも」
「ジングルベル」(トーンチャイムを使用)
讃美歌109番「きよしこの夜」(トーンチャイムを使用)

でした。



今回の練習は、
“ベルを鳴らすタイミング”
“音の強弱”
を中心に行いました。

特にトーンチャイムで「きよしこの夜」を演奏する時は、あまり強く鳴らさず、子守歌のように弱くゆっくりチャイムを鳴らすという感じでした。


私は練習時に楽譜を見落とす箇所がいくつかありましたが、次回は見落としが無いように練習をしたいと思います。





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  1. 2018/10/13(土) 14:02:25|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
聖歌460番「わが胸にひびく歌あり」
聖歌716番「主よわが罪と汚れを清め」(参加者のリクエスト)
聖歌528番「いまだ見ぬ地」
を歌いました。


今回参加者のリクエストで歌いました、
聖歌716番「主よわが罪と汚れを清め」
は、
“新聖歌379番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書9章1節」を読み、私は
「土曜日のハンドベル練習のこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「テサロニケの信徒への手紙I 1章2〜10節」
を学びました。

テサロニケの伝道の様子は、“使徒言行録171〜9節”に記されています。

テサロニケの町はマケドニア州の州都として栄え、人口は20万人に及び、現在はサロニカ市として人口7万人の住民がいます。
地理的には、イグナチオ街道という幹線に沿った町で、街道を西に進むとローマに続いています。
恐らく、この街道を通って信仰がローマに伝えられたと考えられます。

マケドニアの伝道、フィリピ、テサロニケの伝道は世界へと続いていきます。

パウロはテサロニケの教会に、
「祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。」(2節)
と、励ましの言葉を語ります。

いつも祈られている教会、覚えられている信徒、これほど希望を与えられる挨拶はありません。

“信仰によって働き”(3節)とは、信仰が日常に根差した歩みとして行われていることです。
“愛のために労苦”(3節)とは、貧しい中にも同じ困窮の中の教会へ献金を捧げ、労苦を恵みとして喜んでいるということです。
“希望を持って忍耐”(3節)とは、イエス様の再臨と復活のイエス様の栄光の姿に似た者としてくださるということです。

言葉だけでなく、行いが伴った生きた信仰が存在していることを感謝していることを述べています。

偶像崇拝が行われていたテサロニケの町や偶像崇拝を語る者が存在した町で、パウロにより生ける神、キリストの福音が堂々と伝えられ、福音を信じる者が起こされていました。

パウロは弱さを持った教会に、感謝と祈りを続けてくださいました。

弱さも神が備えられたものとして見る時に、感謝にあふれた生き生きとした信仰となると思われます。









日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。



※今回はハイデルベルク信仰問答の学びはありませんでした。





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  1. 2018/10/11(木) 13:54:40|
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今月の浅草橋教会フレッシュタイムコンサート

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今月も、浅草橋教会で開催されたフレッシュタイムコンサートに行きました。


今回演奏された曲目は、

H.ウィラン
「聖なる 聖なる 聖なる主よ」

J.イネス
「祈りの園生を」

J.S.バッハ
「装いせよ わが魂」

J.ステイナー
「神はその独り子を賜うほどに」

M.キュリ
「天なる喜び」

J.S.バッハ
「ただ神にのみ感謝せん」

H.ウィラン
「天つみ使いよ」

でした。


今回はパイプオルガンの演奏で、演奏者(敬称略)は、
伊藤愛子
でした。



次回は、
11月13日(火) 12:30
に開催される予定です。





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  1. 2018/10/09(火) 14:57:22|
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今日は聖歌隊練習

今日は、礼拝の後に聖歌隊の練習がありました。


今日の練習では、まず
発声練習
を行い、次に課題曲となる
リビングプレイズ158番「インマヌエル麗しい御名」
の練習を行いました。


特に今回は、
“前回課題曲だった頃よりも声を高らかに歌う練習”
“女声のアルトと男声のバスは4声に分かれて歌う箇所を楽譜に沿って歌う練習”
“4声を揃えて最初から最後まで一通り歌う練習”
を中心に行いました。



次の聖歌隊練習は10月21日の礼拝後に行われます。
次の練習でも無事に歌えるように練習を頑張りたいと思います。





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  1. 2018/10/07(日) 16:20:58|
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今日から頌栄が変わりました

今日(10月7日)の礼拝から、頌栄が
“讃美歌539番「あめつちこぞりて」”
になりました。


前々任の牧師では、
讃美歌541番「父、御子、みたまの」
讃美歌542番「世をこぞりて」

前任の牧師〜現任の牧師の9月までは、
讃美歌544番「あまつみたみも」

でした。


私が礼拝で歌う頌栄は、4曲目となりました。





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  1. 2018/10/07(日) 14:11:08|
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今日放送の“らららクラシック”で

今日NHKEテレで放送された、“らららクラシック”は、

「シューベルトの『魔王』」

がテーマでした。



1962年(昭和37年)から中学1年生の音楽の授業でこの曲が使われています。



「魔王の声は子どもには聞こえるが、父親には聞こえない。しかし最後には子どもは死んでいた」
という曲の内容で、
登場人物は
子ども (短調)
父親 (長調)
魔王 (長調)
と、語り部があります。

曲中で子どもが「お父さん」と叫ぶ場面は、
1回目
2回目
3回目
になるにつれ、だんだんと恐怖心が増していきます。



この曲は、
シューベルトの親子の意見の衝突、苦悩が中、芸術家として生きていたい自分を子どもに置き換えて出来たという経緯があります。



私もこの曲は、中学1年生の時に音楽の授業で習いました。

授業では、レコード(まだCDというものは無かったです)を聴きました。

多分聴いたレコードは、ドイツ語の歌詞だったと思います。






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  1. 2018/10/05(金) 22:34:56|
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今月の鳥居坂教会パイプオルガンコンサート

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今月も、六本木にある鳥居坂教会で開催されたパイプオルガンコンサートに行きました。


今回演奏された曲目は、

会衆賛美
讃美歌174番「起きよ夜は明けぬ」

J.S.バッハ
「『オルガン小曲集』より」
“主キリスト、神のひとり子 BWV601”
“全能の神に賛美あれ BWV602”
“みどりごベツレヘムに生まれり BWV603”

「目覚めよと物見らの声がわれらに呼ばわる BWV645」

「前奏曲とフーガ ト長調 BWV541」

でした。


今回はまず、
讃美歌174番「起きよ夜は明けぬ」
を会衆で賛美し、次に
「オルガン小曲集」より3曲
の演奏が行われ、その後
「目覚めよと物見らの声がわれらに呼ばわる BWV645」
の演奏が行われました。



今回の演奏者(敬称略)は、
米山浩子
でした。


次回は、
11月2日(金) 12:25
に開催される予定です。





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  1. 2018/10/05(金) 15:40:36|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問40〜問44”

でした。



問40
なぜキリストは、死を苦しまなければならなかっはたのですか。

答え
神の義と真実により、神の御子の死による以外には、私達の罪を償うことは出来なかったからです。

参照聖書箇所
創世記2章17節
ローマの信徒への手紙8章3,4節
フィリピの信徒への手紙2章8節
ヘブライ人への手紙2章9節



問41
なぜ、この方は葬られたのですか。

答え
葬られたことにより、この方が本当に死なれたということを証するためです。

参照聖書箇所
イザヤ書53章9節
ヨハネによる福音書19章38〜42節
使徒言行録13章29節
コリントの信徒への手紙I 15章3,4節



問42
キリストが私達のために死んでくださったのなら、なぜ私達も死ななければならないのですか。

答え
私達の死は、自分の罪に対する償いではなく、永遠の命の入口なのです。

参照聖書箇所
詩編49編8節
ヨハネによる福音書5章24節
フィリピの信徒への手紙1章21〜23節
テサロニケの信徒への手紙I 5章9,10節



問43
十字架のキリストの犠牲から、私達はどのような益を受けますか。

答え
この方の御力により、私達の古い自分がこの方と共に十字架に架けられ、死に葬られるということです。

それにより、邪悪な欲望が私達を支配することなく、この方へ私達は自分自身を感謝のいけにえとして献げるようになるのです。

参照聖書箇所
ローマの信徒への手紙6章5〜14節・12章1節
エフェソの信徒への手紙5章1,2節
コロサイの信徒への手紙2章11,12節



問44
なぜ「陰府(よみ)にくだり」と続くのですか。

答え
「十字架に至るまで、御自身もその魂の中にある不安や苦痛や恐れにより、私達を地獄のような不安と痛みから開放してくださった」ということを、私が激しい試練の時にも確信するためです。

参照聖書箇所
イザヤ書53章
マタイによる福音書26章36〜46節・27章45,46節
ルカによる福音書22章44節
ヘブライ人への手紙5章7〜10節





(参照聖書箇所は、新共同訳聖書を基にしています)




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  1. 2018/10/04(木) 14:27:14|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、
聖歌483番「われは主にありて楽し」
聖歌456番「さかえの王にます主の」(参加者のリクエスト)
聖歌480番「輝く日を仰ぐとき」
を歌いました。


今回歌いました、

聖歌483番「われは主にありて楽し」は、
“新聖歌156番”
にもなっています。

聖歌480番「輝く日を仰ぐとき」は、
“新聖歌21番”
“讃美歌第2編161番”
“讃美歌21-226番”
にもなっています。

尚、参加者のリクエストで歌いました聖歌456番「さかえの王にます主の」は、
“新聖歌361番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「申命記19章15節」を読み、私は、
「土曜日に行われる、教会付属保育園の運動会のこと」
「今度の礼拝のこと」
をお祈りしました。



聖書の学びでは、新約聖書の
「テサロニケの信徒への手紙I」
の学びが昨日から始まり、今回は1章を学びました。

テサロニケの信徒への手紙I
1章1節
挨拶文
1章2〜10節
福音の力がある事実に対する感謝
テサロニケの教会の現実
神の選びの事実

“テサロニケの信徒への手紙”
は、新約聖書に収められているパウロ書簡の中で最も古いものであるとされています。

また、手紙の冒頭にある挨拶の言葉はパウロ書簡の中で最も短いものとなっています。

パウロが記す挨拶文は、
“発信人”
“受取人の名前”
“恵みと平安を祈る”
という3つの要素から成り立っています。

この手紙でパウロは、受取人であるテサロニケの教会は、
“父である神と主イエス・キリストに結ばれている”(1節)
と、表現しています。

“恵み”と“平安”をパウロは祈っています。

“恵み”とは、イエス・キリストによって人の罪が取り除かれる救いが、神の自由な賜物として与えられていることです。

“平安”は、繁栄を表しています。









日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。





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  1. 2018/10/04(木) 13:09:20|
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