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GLORYCROSS†Christian日記

クリスチャン・教会日記

先程能代に着きました

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昨日の夜に夜行バスで池袋を出発し、先程秋田の能代に着きました。

池袋を出発した時は、満席状態でしたが、ほとんどの乗客が大館や鷹巣で降りたので、能代まで乗っていたのは私1人だけでしたので貸切の大型タクシーのような感じでした。

ハンドベルの練習が休めない為、今年はこの時期にしか秋田に行くことが出来ないです…

礼拝は、日本基督教団能代教会の礼拝に行こうかと思います。
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  1. 2018/06/29(金) 09:46:43|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問26”

でした。


問26
「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」と唱えるとき、あなたは何を信じているのですか。

答え
天と地と、その中にある全てのものを無から創造され、それらを永遠の熟慮と摂理によって今も保ち支配しておられる、私達の主イエス・キリストの永遠の御父が、御子キリストの故に、私の神また私の父であられるということです。

私はこの方により頼んでいますので、この方が体と魂に必要なものを全て私に備えてくださること、またたとえ涙の谷間へいかなる災いを下されたとしても、それらを私の為に益としてくださることを、信じて疑わないのです。

なぜならこの方は、全能の神としてそれを望んでおられるからです。

参照聖書箇所
創世記1章・2章・18章14節
出エジプト記20章11節
詩編33編6節・55編23節・104編
イザヤ書44章24節
マタイによる福音書6章25,26,30節・7章9〜11節・10章29節
ルカによる福音書12章22〜31節
ヨハネによる福音書1章12,13節
使徒言行録4章24節・14章15節
ローマの信徒への手紙8章15,16, 28,31〜39節
ガラテヤの信徒への手紙4章4〜7節
エフェソの信徒への手紙1章5,11節



(参照聖書箇所の引用は、新共同訳聖書を基にしています)


  1. 2018/06/28(木) 14:32:36|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌496番「主と主の言葉に」

聖歌604番「のぞみも消えゆくまでに」(参加者のリクエスト)

聖歌498番「歌いつつあゆまん」

を歌いました。

今回歌いました、

聖歌496番「主と主の言葉に」は、
“新聖歌324番”
にもなっています。

参加者のリクエストで歌いました聖歌604番「のぞみも消えゆくまでに」は、
“新聖歌172番”
にもなっています。

また、聖歌498番「歌いつつあゆまん」は、
“新聖歌325番”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「ヨブ記36章16節」を読み、私は

「今度の礼拝のこと」

「来週誕生日を迎える信徒のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びは、旧約聖書の

「ホセア書7章8〜16節」

を学びました。


8節「エフライムは諸国民の中に交ぜ合わされ、エフライムは裏返さずに焼かれた菓子となった。」
エフライム(イスラエル)は、もはや真理の神に従うその本質を失いかけていますが、それとは気付かない状態です。
他の国々の神に助けを求めるその姿を、例えを用いて表現しています。

国は表面的であるが、それが他国の力に頼んでいることに気付いていない。
それは、軍事力・国力を求める、真理の神から離れる偶像崇拝であり、民は高慢から、真の神を求めることを行わない。

11節「エフライムは鳩のようだ。愚かで、悟りがない。エジプトに助けを求めあるいは、アッシリアに頼って行く。」
と、ホセアは北イスラエルの外交は“愚かな行為”であると断言します。

13節「なんと災いなことか。彼らはわたしから離れ去った。」
と、真の災いは、主から離れることであると彼らは気付かない。
「どんなに彼らを救おうとしても彼らはわたしに偽って語る。」
主は“救い”を差し伸べています。
しかし、彼らは神の愛に“偽り”をもって応答します。

14節「寝床の上で泣き叫び穀物と新しい酒を求めて身を傷つける」
彼らの行為は、主の目には悪事に、全く愚かに見えますが、彼らは止めることはありません。

「ねじれた弓」(16節)
実際には役に立たない物を用いようとしている。
それは、大国から見れば愚かな企みでしかありません。

南北分裂後のイスラエルは、隣国の情勢により左右されてきました
大国の神を礼拝することによって、国の安全を図ろうとしています。

ギリシャ語で“罪”とは“的外れ”という意味です。
彼らの信仰は的外れになっています。

主イエス・キリストの十字架と復活。
これ以外に“的”はありません。

少しでもそれてしまえば、“罪”となります。

“罪”は己を滅ぼします。




日本基督教団小松川教会の祈祷会は、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては、1954年版讃美歌)
を使用しています。
  1. 2018/06/28(木) 13:18:30|
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Belle L'allure コンサート2018へ

20180624203433ab2.jpg


今日は午後から、紀尾井ホールの小ホールで開催された、

“Belle L'allure コンサート2018”
(後援:NPO法人 日本ハンドベル連盟)

に行きました。


私が会場に着いた時には、たくさんの会衆が席に座っていました。


今回のコンサートで演奏された曲目は、

【第1部】
「トランペット チューン フィナーレ」

「アニー ローリー」

「ヴァシリナの涙」

「ラブリーワルツ」

「ムーン リバー」


【第2部】
「小さな祈り」

「クワイエット アレルヤ」

「アヴェヴェルムコルプス」

「ロスマリン」

「夢見る人」


【第3部】
「リトルスター」

「七夕によせて」

「てまりうた」

「ふるさと」

「友好の鐘」


【アンコール】
「びわ湖周航の歌」

「夢見る人」


でした。



今回演奏された全ての曲でのハンドベルやチャイムの演奏はとても素晴らしかったです。


また機会がありましたら、是非行きたいと思います。

  1. 2018/06/24(日) 20:35:12|
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今日は聖歌隊練習

今日は礼拝後に、聖歌隊の練習が行われました。

今回も、
リビングプレイズ55番「イエスは愛で満たす」
讃美歌21-575番「球根の中には」
の2曲を練習しました。

まず初めに、
「イエスは愛で満たす」
の練習をしました。
4声(女声:ソプラノ,アルト・男声:テノール,バス)に分かれて歌う箇所での声の出し方などを中心に練習をしました。

その後は、
「球根の中には」
を練習しました。
こちらは、なるべく暗譜して歌えるように、最初から最後まで一通り歌う練習を何度か行ないました。

来週の練習は私は参加出来ませんが、また次回の練習では無事に歌えるように練習を頑張りたいです。
  1. 2018/06/24(日) 18:42:10|
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今日はハンドベル練習


今日は、ハンドベルの練習がありました。


今日も、普段より30分長い12:30までの練習でした。


今回は、
讃美歌158番「あめにはみつかい (第九
・喜びの歌)」
讃美歌501番「いのちのみことば」
讃美歌461番「主われを愛す」
日本の歌「ふるさと」(トーンチャイムを使用)
を練習しました。



まず前半は、
讃美歌158番「あめにはみつかい (第九・喜びの歌)」
讃美歌501番「いのちのみことば」
を練習しました。

休憩を挟んで後半は、
前半に引き続き、讃美歌158番「いのちのみことば」
讃美歌461番「主われを愛す」
日本の歌「ふるさと」
を練習しました。


特に今回は、
音の強弱
ベルを鳴らすタイミング
を中心に練習しました。


次回の練習は7月になります。
次も練習を頑張りたいと思います。
  1. 2018/06/23(土) 14:44:52|
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木曜日の聖書を学ぶ会へ

今月も、月に1度の木曜日に行われる聖書を学ぶ会に行きました。


今回は、

“教会の歴史”

というテーマで学ぶ会が行われました。



【教会とは】

教会の始まりは、新約聖書の「使徒言行録」2章の聖霊降臨(ペンテコステ)から始まりました。

「教会」は建物を指して言いがちですが、教会とはギリシャ語で「エクレシア」という言葉で表され、これは“人々の集まり”を指す言葉です。

新約聖書の福音書では、マタイによる福音書
16章18節
18章17節
に“教会”という言葉が出てきます。



【初代教会】

イエス・キリストの十字架を紀元30年頃と考えると、初代教会の成立も同じ頃となります。

使徒達は敬虔なユダヤ教徒として律法の原点に帰り、ユダヤの宗教的習慣を守って信仰生活を送りました。

それまでのユダヤ教徒との信仰の違いは、使徒達は
“救い主は到来し(ナザレのイエス)”、
“神の救いが成就した(十字架と復活)”、
と信じた点です。

キリスト教会は“信仰”から始まり、運営のための組織は後から作られました。

その後の発展の中で多様性が生じても、“信仰”の点で一致することが出来ました。

これは後に、使徒信条を定める時、教理について会議をする際にも大きな力となりました。



【教会の発展と拡大】

キリスト教会に対する最初の迫害は、使徒言行録6~7章に記されている、
“ステファノの殉教”
の出来事です。

迫害され、散らされたことが、かえってキリスト教を広めることになりました。

それからパウロが伝道者として、世界宣教が始まりました。

しかし、迫害は初めはローマより、ユダヤ人からの方が激しかったと考えられます。



【教会の組織と職制】

初代教会は、初めはエルサレム神殿に集まり、信徒が増えるにつれて信徒の家で礼拝が奉げられるようになりました。

1世紀の終わり頃には、礼拝専門の建物が出来始めます。

同時に教会組織が形成され、礼典も整えられていきました。

この頃の“ディダケー”(12使徒の教訓)という書物には教会規則が書かれています。

パウロは各地の教会に、“監督”や“執事”などの職制を作り上げました。

(監督や奉仕者の資格については、新約聖書のテモテへの手紙I 3章1~13節を参照)



【教会の東西分裂】

西暦395年にローマ帝国は、東西に分裂します。

『東ローマ帝国』
首都コンスタンティノポリス
ギリシャ語
神学論争が盛んだったため分派争いを招いた
『西ローマ帝国』
首都ローマ
ラテン語
教会組織が整い、秩序に沿った運営がなされた

東西に分裂しても教会政治まで分裂していたわけではなく、
ローマ
アレキサンドリア
コンスタンティノポリス
エルサレム
アンティオケ
の5大本山の元に全体の運営が行われていました。

アリウス論争がきっかけとなり、5世紀終わり頃から対立が悪化し、1054年に完全に分裂して、
“東方「ギリシャ正教会」”
“西方「ローマ・カトリック教会」”
となりました。

(アリウス論争:イエス・キリストは人間であって神ではない。三位一体を否定)



木曜日の聖書を学ぶ会では、新共同訳聖書を使用しています。



次回(7月)の学ぶ会は、私は行けるかどうか未定です。
  1. 2018/06/21(木) 18:04:49|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問24~問25”

でした。



問24
これらの箇条は、どのように分けられますか。

答え
3つに分けられます。

第1に、父なる神と、私達の創造について
第2に、子なる神と、私達の贖いについて
第3に、聖霊なる神と、私達の聖化について

です。


問25
ただ1人の神がおられるだけなのに、なぜあなたは父、子、聖霊と3通りに呼ぶのですか。

答え
それは神が御自身についてそのように、これら3つの位格が唯一まことの永遠の神であると、御言葉にて啓示されたからです。

参照聖書箇所
申命記6章4節
イザヤ書61章1節
マタイによる福音書3章16,17節・28章18,19節
ルカによる福音書4章18節
ヨハネによる福音書14章26節・15章26節
使徒言行録2章30~33節・5章29~32節
コリントの信徒への手紙I 8章4,6節
コリントの信徒への手紙II 13章13節
ガラテヤの信徒への手紙4章6節
テトスへの手紙3章5,6節



(参照聖書箇所の引用は、新共同訳聖書を基にしています)
  1. 2018/06/21(木) 11:34:42|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で、昨日の夜に行われた祈祷会は、


聖歌は、

聖歌588番「主とともに歩む」

聖歌543番「この身をきよくし立たすイエスの」(参加者のリクエスト)

聖歌428番「尊き泉あり」

を歌いました。

今回歌いました、

聖歌588番「主とともに歩む」は、
“新聖歌355番”
にもなっています。

また、聖歌428番「尊き泉あり」は、
“新聖歌238番”
にもなっており、歌詞は異なりますが、
“讃美歌239番「さまよう人々」”
にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「詩編27編4節」を読み、私は、

「土曜日のハンドベル練習のこと」

「今度の礼拝のこと」

「先日発生した大阪での地震による復旧や復興のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、旧約聖書の

「ホセア書7章3~7節」
を学びました。


北イスラエル王国の歴史は、陰謀と革命による王朝誕生と滅亡の歴史でもあります。

王朝が次々と出来ては滅ぼされ、時として目まぐるしい程に政権が代わりました。

対照的に南ユダ王国は、ダビデ王家の血筋が最後まで守られました。

ホセアが生きた時代の北イスラエル王国は、過去最大の領土と平安が与えられました。

しかし、政情は一変して強国アッシリアの脅威にさらされます。

親アッシリアの王が権力を奪い、滅亡の危機は回避されました。

ホセアが記した言葉は、民は謀反を企み、クーデターを決行するも滅ぼされます。

主は、
「燃えるかまどのようだ」(4節)
「燃えるかまどのような」(6節)
「かまどのように熱くなり」(7節)
と、その企みは、“燃え盛り”“熱くなる”人の罪に対する思いであると語ります。

7節の「ひとりとして、わたしを呼ぶ者はなかった。」
は、主(わたし)の言葉で終わっています。
北イスラエル王国の歴史を見れば、主に立ち帰り偶像礼拝を排除しようとした王も存在しました。
しかし、世代が代わるとまた偶像礼拝に戻ってしまいます。

新約聖書の使徒言行録で、ガマリエルが使徒達の宣教を指して、
「あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」(5章38,39節)
と、他の議員達の行動を戒めます。

パウロは、このガマリエルに師事していました。

そのパウロが主の名を伝道する者として生かされます。

人の思いの虚しさと、神の計画の確かさを思わされます。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
  1. 2018/06/21(木) 11:05:52|
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今月の小松川教会お昼のチャペル・コンサート



今月も、小松川教会に於きまして

“お昼のチャペル・コンサート”

が開催されました。



今回演奏された曲目は、

F.メンデルスゾーン
「わが祈りを聴き給え」

J.S.バッハ
「フーガ ト短調 BWV578」

「前奏曲とフーガ BWV543」

C.フランク
「天使の糧」

「ソルティー ロ長調」

でした。



今回の演奏者(敬称略)は、
中村岩城
でした。



次回(第22回)は、
7月21日(土) 12:15
に開催される予定です。


(小松川教会お昼のチャペル・コンサートは通常毎月第3土曜日に開催されますが、都合により開催日時や演奏者が変更になる場合がございますのでご了承ください)


尚、小松川教会で行われる礼拝・祈祷会の時間などは、
小松川教会ホームページ
をご覧くださいませ。
  1. 2018/06/16(土) 13:53:34|
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昨日見た夢

昨日眠っている時、ハンドベルの講習を受けている夢を見ました。


『テーブルを幾つも並べて多くの方々とハンドベルの演奏を教わっている』

という内容でした。


まさか夢の中でもハンドベルを演奏するとは思っていなかったです。


でも、なかなか楽しい夢でした。


尚、私が実際に行ったことがあるハンドベルの講習といえば、昨年

“第28回小編成ハンドベル講習会”
(主催:日本ハンドベル連盟)

に行ったことがあります。


夢の中だけでなく、現実でもハンドベルをこれからも頑張りたいと思います。
  1. 2018/06/15(金) 12:41:43|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問20~問23”

でした。


問20
それでは、アダムを通してすべての人が堕落したのと同様、キリストを通してすべての人が救われるのですか。

答え
いいえ。

まことの信仰によりこの方と一つになり、その恵みをすべて受け入れる人だけが救われるのです。

参照聖書箇所
マタイによる福音書7章14節
ヨハネによる福音書3章16,18,36節
ローマの信徒への手紙11章16~21節


問21
まことの信仰とは何ですか。

答え
神が御言葉において、私達に示されたことをすべて私が真実であるという確信するその確かな認識のことだけでなく、福音を通して聖霊が私達の起こしてくださる、心からの信頼のことでもあります。

それにより、他の人々のみではなく私にも罪の赦しと永遠の義と救いが神から与えられるのです。

それはすべて恵みにより、ただキリストの功績によるものです。

参照聖書箇所
マタイによる福音書16章15~17節
ヨハネによる福音書3章5節・17章3,17節
使徒言行録16章14節
ローマの信徒への手紙1章16,17節・3章21~26節・4章18~21節・10章17節
コリントの信徒への手紙I 1章21節
ガラテヤの信徒への手紙2章16,20節
エフェソの信徒への手紙2章8~10節
ヘブライ人への手紙4章14~16節・10章10節


問22
それでは、キリスト者が信じるべきこととは何ですか。

答え
福音において、私達に約束されていることのすべてです。

私達の公同の疑い無きキリスト教信仰の箇条がそれを要約して教えています。

参照聖書箇所
マタイによる福音書28章18~20節
ヨハネによる福音書20章30,31節


問23
それはどのようなものですか。

答え
使徒信条

「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、
十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちによみがえり、
天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり、
かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、身体のよみがえり、永遠の命を信ず。
アーメン。」

です。

参照聖書箇所
マタイによる福音書1章18~24節・27章11~26,32~60節・28章1~10,16~20節
マルコによる福音書15章1~15,21~32,33~47節・16章1~6,19,20節
ルカによる福音書1章26~38節・23章13~54節・24章1~12,50,51節
ヨハネによる福音書18章28節~19章16,18~27,38,39節・20章1節~21章24節
使徒言行録1章6~11節

参照讃美歌
讃美歌566番



(参照聖書箇所は、新共同訳聖書を基にしています)
  1. 2018/06/14(木) 15:04:00|
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昨夜の祈祷会

私が通う日本基督教団小松川教会で昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌591番「恐れなく近寄れ」

聖歌570番「雨をふりそそぎ」(参加者のリクエスト)

聖歌425番「罪重荷を除くは」

を歌いました。

今回歌いました、

聖歌591番「恐れなく近寄れ」は、“新聖歌341番”にもなっています。

参加者のリクエストで歌いました聖歌570番「雨をふりそそぎ」は、“新聖歌420番”にもなっています。

また、聖歌425番「罪重荷を除くは」は、“新聖歌235番”にもなっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「イザヤ書53章4節」を読み、私は、

「土曜日のチャペル・コンサートのこと」

「今度の礼拝のこと」

「他の教会に新しく就任する牧師のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、旧約聖書の

「ホセア書6章1節~7章2節」

を学びました。


ホセア書6章1~3節は、悔い改めの儀式文てして考えられます。

「主は我々を引き裂かれ、打たれたが」
と主なる神の裁きがイスラエルの民を覆っています。

しかし一方主なる神は、
1節「我々は主のもとに帰ろう」・「いやし、我々を打たれたが、傷を包んでくださる」
2節「生かし」
3節「主を知ろう」
と、イスラエルの民は改めて主の元へ、また、主との交わりの回復を求めています。

民は“主を知ることを追い求める”と、主は“曙の光のように現れ、我々を訪れてくださる”(3節)

4節以降に主なる神の応答があります。

主なる神は民の愛を、
「朝の霧、すぐに消えうせる露のようだ」(4節)
と語ります。

日が昇れば消えてしまうような一時的な悔い改めであり、長くは続かないと捉えています。

6節「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない。」
イエス様も、ファリサイ派の人々に語られた言葉です。
(マタイによる福音書9章13節)

主なる神は、民の犠牲の献げ物より、神への愛を喜ばれます。

愛こそ神の本性だからです。

主なる神を知ることによる、正しい関係を喜ばれます。

神は愛だからです。
イエス・キリストは、神の愛そのものです。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
  1. 2018/06/14(木) 12:06:38|
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今週の土曜日に第21回小松川教会お昼のチャペル・コンサートが開催されます


今週の土曜日に、日本基督教団小松川教会に於きまして、パイプオルガンの演奏による

“第21回お昼のチャペル・コンサート”

が開催されます。



日時
6月16日(土) 12:15~12:45

場所
日本基督教団小松川教会礼拝堂
(東京都江戸川区北葛西 4-3-9)

入場無料・全席自由

アクセス
東京メトロ東西線「西葛西」下車徒歩約15分
都営地下鉄新宿線「船堀」下車徒歩約20分
(東西線は、各駅停車をご利用ください)

教会ホームページ
小松川教会ホームページへ



どなた様も、お誘い合わせの上、是非お気軽にお越しくださいませ。


皆様のご来会をお待ちしております。



※教会には駐車場のご用意がありませんので、お越しの際は公共交通機関をご利用ください。
  1. 2018/06/12(火) 16:57:52|
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今月の浅草橋教会フレッシュタイムコンサート


今月も、浅草橋教会で開催されたフレッシュタイムコンサートに行きました。



今回演奏された曲目は、

M.キュリ
「全き愛賜う神は」

J.ゴス
「たたえよ、我が魂、天の王を」

D.ブクステフーデ
「聖霊なる神よ、み民の心に」

J.S.バッハ
「聖霊受けしわが心よ」

「来ませ創造主なる聖霊よ」

「汝の御座の前に歩み出で」

B.マルチェロ
「詩編19編」

でした。



今回は
パイプオルガン
の演奏で、

演奏者(敬称略)は、
伊藤愛子
でした。



次回は、
7月10日(火) 12:30
に開催される予定です。

(都合により、開催日時が変更もしくは中止になる場合がございます)
  1. 2018/06/12(火) 13:00:18|
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礼拝後に会合がありました

今日は礼拝後に会合があり、

“神を礼拝する生活”

というテーマで話し合いました。


『礼拝は賛美である』
礼拝ではまず私達は、イエス・キリストによってご自身を現し、私達を救ってくださった神を賛美します。

私達は、生活の中で嬉しいことだけではなく、悲しいことにも遭います。
神を賛美することは、嬉しい時だけするのではありません。
常に信仰生活の中で神を賛美するのです。

神は私達を礼拝へ招き、どんな時でも心から神を賛美することが出来る者としてくださるのです。


『礼拝は祈りである』
礼拝をすることと祈ることを切り離して考えることは出来ません。

祈りによって私達は神との霊的な交わりに導かれます。

礼拝の中での祈りは、説教者や司式者の祈りを共に祈るのです。

礼拝の中心に私達は「主の祈り」を教えられています。

この「主の祈り」は、イエス様ご自身が弟子達に、また私達に教えてくださった祈りで、祈りの本質が明確にされていると同時に、祈る者の普遍的な意味があります。


『み言葉が語られ、そしてみ言葉が聞かれる』
礼拝で私達は、神から旧新約聖書をみ言葉として与えられます。

そして説教は、聖書が説教者に解き明かされ、神の生きた言葉を会衆へ語られます。

説教者自身も人間に過ぎません。
説教者は、聖書の解き明かしという重い責任を持つことに努めています。

私達は、聖霊の導きにより、説教者が語る言葉を神のみ言葉として説教を聞くのです。
  1. 2018/06/10(日) 15:34:16|
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今日はハンドベル練習

今日はハンドベルの練習がありました。


今回練習した曲は

讃美歌158番「あめにはみつかい (第九・喜びの歌)」

讃美歌501番「いのちのみことば」

讃美歌461番「主われを愛す」

日本の歌「ふるさと」(トーンチャイムを使用)

で、普段の練習時間よりも30分長い、12:30まで練習が行われました。



まず前半は、

讃美歌158番「あめにはみつかい (第九・喜びの歌)」

讃美歌501番「いのちのみことば」

の練習を行いました。


休憩時間に、先日開催された

目黒での2回に渡る“ハンドベルミニコンサート&体験会”

と、

銀座教会での“銀座十字屋ハンドベル発表会”

の報告をしました。


後半は、

讃美歌461番「主われを愛す」

日本の歌「ふるさと」

の練習をしました。


「主われを愛す」は、先日の楽譜とは若干異なるアレンジになりましたが、ほぼ同じなので、大きな間違いをすることは無かったです。



今回は、
前半が2曲
後半も2曲
の練習を行いました。


今日の練習では、ベルを鳴らす際の音の強弱に気を付けることを中心に練習を行いました。



暑い日が続きますが、次回の練習も頑張りたいと思います。
  1. 2018/06/09(土) 14:53:11|
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今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲

今回学んだハイデルベルク信仰問答の範囲は、

“問16~問19”

ですが、先に先週学んだ範囲の、

“問12~問15”

も書きます。



問12
私達が神の正しい裁きにより、この世と永遠の刑罰に値するのであれば、この刑罰から逃れ再び恵みにあずかるには、どうすれば良いのですか。

答え
神は御自身の義が満たされることを望んでおられます。

私達はそれに対し、自分自身か他のものによって、完全な償いをしなければなりません。

参照聖書箇所
出エジプト記23章7節
イザヤ書53章11節
ローマの信徒への手紙2章1~11節・8章3節


問13
しかし私達は自分自身で償いをすることが出来ますか。

答え
決して出来ません。

それどころか、私達は日毎にその負債を増し加えています。

参照聖書箇所
マタイによる福音書6章12節
ローマの信徒への手紙2章4,5節


問14
それでは、単なる被造物の何かが私達の為に償えるのですか。

答え
いいえ出来ません。

なぜなら、
神は、人間が犯した罪の罰を他の被造物に加えようとはなさらないからです。
単なる被造物では罪に対する神の永遠の怒りの重荷に耐え、かつ他のものをそこから救うことは出来ないからです。

参照聖書箇所
詩編49編8~10節
エゼキエル書18章4,20節
ヘブライ人への手紙2章14~18節


問15
それでは私達は、どのような仲保者または救い主を求めるべきなのですか。

答え
まことの正しい人であると同時に、あらゆる被造物にまさって力ある方すなわち、まことの神でもあるお方です。

参照聖書箇所
イザヤ書53章9節・7章14節・9章5節
エレミヤ書23章6節
ヨハネによる福音書1章1節
コリントの信徒への手紙I 15章21節
コリントの信徒への手紙II 5章21節
ヘブライ人への手紙2章17節・7章26節


問16
なぜその方は、まことの正しい人でなければならないのですか。

答え
神の義は、罪を犯した人間自身がその罪を償うことを求めていますが、自ら罪人であるような人が他の人の償いをすることなど出来ないからです。

参照聖書箇所
ローマの信徒への手紙5章12,15節
コリントの信徒への手紙I 15章21節
ヘブライ人への手紙2章14~16節・7章26,27節
ペトロの手紙I 3章18節


問17
なぜその方は、同時にまことの神でなければならないのですか。

答え
その方が御自身の神性の力により、神の怒りの重荷をその人間性において耐え忍び、私達の為に義と命を獲得し、それらを再び私達に与えてくださる為です。

参照聖書箇所
イザヤ書53章
ヨハネによる福音書3章16節
コリントの信徒への手紙II 5章21節


問18
それでは、まことの神であると同時にまことの正しい人でもある、その仲保者とはどなたですか。

答え
私達の主イエス・キリストです。

この方は完全な贖いと義の為に、私達に与えられているお方なのです。

参照聖書箇所
マタイによる福音書1章21~23節
ルカによる福音書2章11節
コリントの信徒への手紙I 1章30節
テモテへの手紙2章5節


問19
あなたはそのことを、何によって知るのですか。

答え
聖なる福音によってです。

それを神は自ら、まず楽園で啓示し、その後聖なる族長達や預言者達を通して宣べ伝え、律法による犠牲や他の儀式によって象り、御自身の愛する御子により成就なさいました。

参照聖書箇所
創世記3章15節・22章18節・49章10節
レビ記1~7章
イザヤ書53章
エレミヤ書23章5,6節
ミカ書7章18~20節
ヨハネによる福音書5章46節
使徒言行録10章43節
ローマの信徒への手紙10章4節
ガラテヤの信徒への手紙4章4,5節
コロサイの信徒への手紙2章17節
ヘブライ人への手紙10章1~10節


でした。


(参照聖書箇所は、新共同訳聖書を基にしています)
  1. 2018/06/07(木) 12:53:44|
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昨夜の祈祷会

私が通う小松川教会にて昨日の夜に行われた祈祷会では、


聖歌は、

聖歌500番「みことばなる」

聖歌424番「ただ信ぜよ」(参加者のリクエスト)

聖歌590番「救い主イエスと」

を歌いました。

今回歌いました、

聖歌500番「みことばなる」は、“新聖歌316番”になっています。

参加者のリクエストで歌いました聖歌424番「ただ信ぜよ」は、“新聖歌182番”になっています。

また、聖歌590番「救い主イエスと」は、“新聖歌340番”になっています。



お祈りでは、まず参加者皆で旧約聖書の「サムエル記上15章22節」を読み、私は、

「土曜日のハンドベル練習のこと」

「今度の礼拝のこと」

をお祈りしました。



聖書の学びでは、旧約聖書の

「ホセア書5章8~15節」

を学びました。


ホセア書8章以降は、北イスラエル王国とアラムはアッシリアに戦いを挑んだ背景があります。

その戦いに南ユダも参戦を求められますが、南ユダ王国はこれを拒否しました。

北イスラエル王国とアラムは南ユダに攻めこみ、エルサレムを包囲します。

南ユダ王国はアッシリアに助けを求めます。
アッシリアは北イスラエル王国に侵入し、ガリラヤを占領。
南ユダ王国は、北イスラエル王国の脅威から解放されます。

さらにアッシリアはダマスコに向かい、これを攻略。

北イスラエル王国はサマリアを残すだけとなり、アッシリアに降伏しました。

両王国民は、それぞれの国の中に弱さを見ます。そして頼るものとして、アッシリアに委ねます。

神は人の思いでは、当時の大帝国であったアッシリアに委ねても、決して癒やすことが出来ず、取り去ることが出来ないと伝えます。

民の堕落のうちに、危険の中に神はその姿を現してくださいます。

14節「わたしは~さらって行くが、救い出す者はいない。」
両国にとっては引き裂かれた状態ですが、これは“獅子”と表現されているアッシリアの脅威からであり、それは“わたし(神)”が備えた裁きであります。

神は、民がその苦難を通して自分の罪を認め、神への熱心に心を動かされることを求めています。

神の裁きは、絶滅させようとする意志ではなく、神の教えを導き恵まれる救いの意志への信仰とは切り離して考えることは出来ません。




日本基督教団小松川教会の祈祷会では、
新共同訳聖書(日本聖書協会)
聖歌(日本福音連盟)
(時期によっては1954年版讃美歌)
を使用しています。
  1. 2018/06/07(木) 12:35:18|
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2018銀座十字屋ハンドベル発表会へ



今日は銀座教会のオルガンメディテーション後に、別フロアにて開催された、

“2018銀座十字屋ハンドベル発表会”

に行きました。



今回の発表会は、レバーハープ(ハープ)とハンドベルの演奏がありました。


今回演奏された曲目は、

【レバーハープアンサンブル】

セシル・コルベル
「アリエッティズ ソング」

成田為三
「浜辺の歌」

パッヘルベル
「カノン」


【ハンドベル演奏】

演奏:ベル フラワー

岡本和子
「友好の鐘」

ドビュッシー
「ドビュッシーメドレー」

ビゼー
「カルメンより 『前奏曲』」


演奏:ベル フルール ブランシュ

J.S.バッハ
「チェロ組曲第1番より 『プレリュード』」

シューマン
「トロイメライ」

ロジャース
「シャルウィーダンス」


演奏:ベル ファティーナ

メンデルスゾーン
「春の歌」

シベリウス
「交響詩フィランディアより」

J.S.バッハ
「リュート組曲第4番より 『ジーグ』」


でした。


ハンドベルの演奏は、
ベル フラワー
ベル フルール ブランシュ
ベル ファティーナ
の3つのクワイアチームによる演奏でした。


全演奏の後は、体験コーナーが設けられ、私を含めてたくさんの方々が参加していました。
  1. 2018/06/06(水) 16:33:08|
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銀座教会オルガンメディテーションへ


今日は銀座に用事があったので、久々に銀座教会のオルガンメディテーションに行きました。


今回のオルガンメディテーションの内容は、


前奏

讃美歌 525番「めぐみ深き」

主の祈り

聖書朗読 ヨハネの黙示録1章9~20節

祈祷

オルガン演奏

祝祷

後奏

でした。



オルガン演奏の曲目は、

L.スミス
「主よ あわれみ 給え」

H.ウィラン
「ペンテコステの賜物により 天つ愛を」

D.ブクステフーデ
「神は わがやぐら」

でした。



今回の演奏者(敬称略)は、
草間美也子
でした。
  1. 2018/06/06(水) 13:25:05|
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今日は聖歌隊練習

今日は礼拝後に、聖歌隊の練習がありました。


今回は、

リビングプレイズ55番「イエスは愛で満たす」

讃美歌21-575番「球根の中には」

の練習を行いました。



今まで練習していた

“リビングプレイズ9番「生ける限り主を」”

から、

“讃美歌21-575番「球根の中には」”

に変更となりました。



今回の練習は、

「イエスは愛で満たす」

を一通り初めから終わりまで歌い、その後4声(女声:ソプラノ,アルト・男声:テノール,バス)に分かれて歌う練習をしました。


その後は

「球根の中には」

の練習を行いました。


「球根の中には」は、全てユニゾンで歌いますが、過去にも課題曲になったことが何度かありますので、聖歌隊メンバーは難なく歌うことが出来ました。



次回の練習は6月24日の礼拝後に行われます。


課題曲は変更になりましたが、練習を頑張りたいです。



あと、礼拝堂の説教壇のクロスの典礼色が緑色


になりました。
  1. 2018/06/03(日) 14:10:18|
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今月の16日に第21回小松川教会お昼のチャペル・コンサートが開催されます


今月の16日(土)に、日本基督教団小松川教会に於きまして、パイプオルガンの演奏による

“第21回お昼のチャペル・コンサート”

が開催されます。



日時
6月16日(土) 12:15~12:45

場所
日本基督教団小松川教会礼拝堂
(東京都江戸川区北葛西 4-3-9)

入場無料・全席自由

アクセス
東京メトロ東西線「西葛西」下車徒歩約15分
都営地下鉄新宿線「船堀」下車徒歩約20分
(東西線は、各駅停車をご利用ください)

教会ホームページ
小松川教会ホームページへ



どなた様も、お誘い合わせの上、是非お気軽にお越しくださいませ。


皆様のご来会をお待ちしております。



※教会には駐車場のご用意がありませんので、お越しの際は公共交通機関をご利用ください。
  1. 2018/06/02(土) 13:15:10|
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100回目の鳥居坂教会パイプオルガンコンサートへ



今月も、六本木の鳥居坂教会で開催されたパイプオルガンコンサートに行きました。


鳥居坂教会でお昼に開催されるパイプオルガンコンサートは、今回で100回目


を迎えます。



今回演奏された曲目は、

D.ブクステフーデ
「TOCCATA トッカータ ヘ長調 BuxWV157」

J.S.バッハ
「ライプチヒコラール(18コラールより) 『いと高きところにいます神にのみ栄光あれ』 BWV663」

「Passacaglia in C パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582」

でした。


通算100回目ということもあり、たくさんの方々が来会していました。



今回の演奏者(敬称略)は、
米山浩子
でした。



次回は、
7月6日(金) 12:25
に開催される予定です。

(私は他用がある為、次回のコンサートは行けないです…)
  1. 2018/06/01(金) 15:25:09|
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